超振動
「【超振動】だ」
「「【超振動】?」」
あのあと、ケヴィンに話を聞きに行くとそういう答えが返ってきた。
私たちが部屋で戦っている様子は常にケヴィンがどこからか見ていてくれており、その日の反省点やアドバイスなんかを言ってくれたりしている。
「ハクの【因子保持者】としての能力さ。範囲は大体指の最初の関節であるDistalinterphalangeal joint、通称でDIP関節と呼ばれる部分から先にかけてだ。極狭い範囲にしか作用を及ぼさないし発生するのもほんの数瞬だから判明するのに時間が必要になったよ」
「それで、どういう能力なの?」
「振動した指先が攻撃した対象をバターのように切り裂くってこと。実質的にハクの引っ掻きはあらゆる堅牢な守りも貫くというわけだ」
「お~。だからボクのわき腹あんな簡単に切れたんだ~」
「そういえば、その傷は大丈夫なの?」
あの時は精一杯なこともあってリョーの傷について深く考えていなかった。
私の頬の傷は気づけば血も止まっていたから少しすればすぐに傷も治るだろうし。
「うん、綺麗に切れてたみたいでちょっと押さえてたら血もすぐに止まったよ」
そういって服の破けた箇所を見せてもらうと、赤く細い筋があり傷口も既に塞がっている。
深い傷ではないみたいで良かった。
「ふむ。となると効果範囲はさらに狭いのかもね。さながら獣の爪のように鋭利な形状を模すためか」
「でもさっきは指の関節から先、って言ってたわよね?」
「ああ。それについても詳しく説明しようか。ハク、まず最初に言うことではないのかもしれないが【超振動】を意識的に使おうだなんて思わないで欲しい」
「どういうこと?」
「簡単に言えば、【超振動】は諸刃の剣だ。範囲が指先に留まっていること、発生した際の時間がほんのい瞬というのは肉体がそれ以上連続して行使できないからだ。もし範囲を広げる、時間を意図的に延ばしでもすればキミの指先は【超振動】の反動で壊死する。理由は簡単、有機生命体の構造というのは非常に繊細だからだよ。ほんの一瞬とはいえ、キミの指先はミキサーとか遠心分離機にかけられているのとなんら変わらなくて、能力が終了した際には【因子保持者】としての回復能力のおかげでなんとも無いように見えるだけなんだ。もしこれを普通の人間が使えば使うと同時に爪も指先もぼろぼろになって落ちるだろうね。破壊と再生が同時に行われているからこそ成しえる能力なんだよ」
「…………」
「幸いにも、ハクはこの能力を暴走していたときは無意識的に制御していて、因子を完全に開放していない状態のときはちょっと切れ味がよくなるみたいなものだった。そして完全に【因子保持者】として目覚めたキミは暴走していたときと変わらず無意識的に能力を制御している。だから気をつけるべきなのは意図的に使おうとしないことだ。望めばキミの因子は応えてしまう」
「なら、どうするべき?」
「別にどうもすることはない。基本的に能力を開放しきっているときにしか使えないようなものだからね。日常生活に支障はないよ。ただ、戦闘に際しては能力を使ってやろうなんて考えないほうがいい。キミが念じなくても無意識的に能力は発動する。試して欲しくはないけど、頭の中でちょっと考えたくらいじゃ発動しないから、確固とした意志で能力を使うと思わなければ大丈夫だろう。注意すべきなのはそれぐらいだね」
「それを聞いて安心したわ」
「とはいえキミたち【四神】は他の【因子保持者】に比べれば特別製だからね……能力も普通じゃないし、経過観察は必須だけど」
「他の【因子保持者】は違うの?」
「当然。例に挙げるなら犬の因子を持っているのは多少俊敏性が優れていて嗅覚が非常に優れているというぐらいだよ。だから用いられる用途は追跡とかだね。普通は用いられた因子の特徴がヒトの身にも現れている、というぐらいなんだよ」
「そうだったんだ」
意外な事実を知って驚いた。そういえば北の山で【因子保持者】に襲われたけれどあの時相手は追ってくるだけで、橋を落としたのは彼らが投げた爆発物だったから、そういうことなのだろうか。
「ま、今日はこの辺だね。ハクも【因子保持者】としての力を制御できるようになったし」
確かに、今日最大の成果は暴走しなくなったこと。副次的に【超振動】なんてものがあることがわかったけれど、結局それを気にしても意味ないようだし、素直に暴走しなくなったことを喜ぶことにした。