断ち切る爪刃
心臓が、空気を求める。
上がる息を抑え、流れる汗を拭うことなく駆ける。
苦しい。だけど楽しい。
彼女を中心に私は動き、私を見ながら彼女は動く。
さながら踊りのように、こちらの攻撃に彼女は応える。
腕を振るい、足を薙ぎ、すれ違う。
槍で突き、槍で薙ぎ、すれ違う。
互いに互いの一撃をやり過ごし、決定打は訪れない。
ほとんど呼吸もままならず、動き続ける自分の肉体。限界が来るのはもうすぐ傍だ。
リョーもその場からほとんど動いていなくとも能力を常に使い続けている影響か、その表情は笑顔でも汗は滴り疲れが表に出ている。
終わりは着々と近づいていた。
「はぁあああああああ!!」
「やぁああああ!!」
意志を燃やして動く我が身。
ごちゃごちゃ考える余裕は無く、振るう爪撃に気合を乗せて振りぬく。
リョーも同様、笑いながらも真剣に。声を張り上げ迎え撃つ。
ぴっ、という音が耳に届く。
私の爪がリョーのわき腹は薄く裂き。
リョーの槍が私の頬を薄く裂く。
流れる血が頬を伝って、それを舐めれば鉄錆びくさい味。
脳に空気が上手く取り込めていないからなのか、その味は酷く脳を痺れさせた。
振り向く。
目の前には背を向けたリョー。そして顔前に飛び込んでくる細く伸びる水の槍。咄嗟に頭を下げてそれをやり過ごせば、頭上を抜けた後に引き戻される。
好機。
伏せる際に地に着いた四肢に力を込めて、一瞬で最高速へと達しリョーとの距離を詰める。
全身全霊。恐らくは最後の手。
振り返りこちらを見据えたリョー。
背中をわずかに見せたのはこちらを釣るための行為だったと飛び込んで気づくが、そこに後悔はない。
こちらの完全に封殺するつもりなのだろう。槍の形を崩した水は球体に変化した。
「あぁああああああああ!!!」
止まらない。
止まれない。
振り上げられた自らの手は鉤爪の如く。小細工を弄する余裕も無く、水面めがけて腕は振るわれる。
瞬間、世界は遅くなる
水に指が触れた。
このままいけば水に包み込まれた手は勢いを失い必然足が止まった私にリョーは止めをさすだろう。
が、指先が水に触れた途端、それは弾けた。
「「え!?」」
互いに目を見張らせて、驚嘆の声もまたお互いに。
かすかに聞こえたのは指先に触れた水がじゅ、という音を立てたこと。
「あ」
力が抜ける。
何の抵抗も無く振りぬかれた腕はリョーのすぐ目の前を掻き切って、制御する力を失った私の身体は落ちるように飛んで行く。リョーに向かって。
「うひゃ」
全身から思いっきりの意図しないタックル。
虚を突かれ避けることが叶わなかったリョーは、そのまま私と一緒にもつれて転ぶ。
私が上で、リョーが押し倒される形に落ち着いて、動かない身体のままに呟いた。
「これは……どっちの勝ちなのかしら?」
「引き分け、なのかな~?」
そんな締まりのないままに、私たちの戦いは終わりを告げた。