ヒットでアウェイ
リョーは近距離、中距離、遠距離の全てに対応するための手段を持っている。
特に得意としているのは中距離。水を用いた槍にそこから派生して放たれる変幻自在な攻撃方法は非常に厄介だった。
私に関しては自問するまでも無く近距離での戦闘が向いている。【因子保持者】として本格的に目覚めてわかったことはリョーのような何かを操る能力は持っていないということ。この時点で私の場合は遠距離攻撃をするにはそれようの武器を調達する必要がある。次に近・中距離に関しては私の場合は近=中という感じだ。能力というべきなのか、私の攻撃手段は爪だった。恐らくは誰にも負けない脚力を活かした高速戦闘。多少の距離であれば一足で間合いを詰め、クロの【甲鱗】さえ切り裂く爪だ。意識しなければ爪の鋭さは発揮しないけれど、【甲鱗】を容易く裂けるこの爪はあらゆる防御を貫くことが出来るだろう。ただその脚力と爪の鋭さに能力が割かれているからなのか、防御は生身の人間より多少丈夫という程度だった。
つまり戦法は自然とヒット&アウェイ。相手の攻撃が当たる事を考慮しない紙一重の戦いということである。
「シッ、ハァ、セイ!」
爪を活かした戦いをするということは、腕の振りは基本的に引っ掻くような動作がほとんどであるし、拳を握る殴打を使わないということになる。無論まったく使わないわけではないけど、手の形はほぼ常に開手になる。足の爪も手同様に鋭くなっている。とはいえ移動しながら攻撃を仕掛ける戦い方をしている以上はあまり蹴り技なんかを使う機会は少ないだろう。さっきクロを踏み台にしたり踵を落としたりと使ってるけど。
リョーに繰り出した三連撃は右の貫手。後ろに小さく跳んで避けられれば互いの距離が半歩の距離まで詰めて指を鉤爪状に曲げ水平に引っ掻く。こちらの薙ぎ払いを読んでいたのか、腕を薙ぐのとリョーがしゃがみこむのはほぼ同時。腕を振りぬきながらしゃがみこんだ彼女の顔面に向けて膝蹴り。パァンと弾けた水音はリョーに叩き込まれるはずだった私の膝を包み込んで威力を完全に殺してしまっていた。
こちらの攻撃を全ていなされるや私は一旦飛び退く。膝を包み込んでいたひんやりとしていた水はあっさりと私の肉体を手放した。
「ハクちゃん大胆な攻撃だね~」
「全部防いだ人間がいう言葉じゃないわね」
何事も無く立ち上がったリョーは、中空に浮いた水に手をかざす。すると水は形を変えて、細く長く、槍の形になった。
「いっぱ~つ!」
握り締めた槍の先端をこちらに向けて気軽に唱えるのと同時、先端が波打ちして小さな水の弾丸が放たれる。
それを黙ってみているわけはなく、見えていた弾丸を姿勢を低くやり過ごし、そのまま駆ける。
接近を許す気がないリョーは槍を突きではなく薙ぎで応対。しなる槍はより細く長くなり、距離の感覚を狂わせる。
跳んで、勢い任せの蹴り。
といっても丸わかりな攻撃を簡単に当たってくれるわけも無く、空を切った。
片足で着地。そのまま振り返るのではなく半身になって横に駆ける。
本当なら近距離での格闘戦に持ち込みたいけど、そうなれば槍の形状を崩してこちらの足を奪ったり攻撃を防がれる危険性がある。だから中距離を保ちつつ隙があれば一息で接近からの蹴りや引っ掻き、貫手を繰り返しては距離を空けてまた機を伺う。
おかげでリョーは水を武器として用いることをやめていない。槍の形状のまま、時に弾丸、時に薙ぎ払い、時に突きを。
一瞬でも気を抜けば致命的なミスを呼び込むこの戦い。
けれどリョーは楽しそうに笑っていて、私もきっと笑っていただろう。