タイガータートル
リョーを分断できる時間は少ない。というのも炎の壁を突き破ることはリョーでも難しいけれど、それなら炎を迂回すればいいからだ。障害物のおかげで多少は時間を稼げるとはいえ、それでもクロとの決着は早々に決めないとそこで不利は確定してしまうだろう。
「というわけで、速攻!」
「うぉつ!?」
飛び出しの一発。
不意打ちの拳はクロの顎目掛けて迷い無く。とはいえさすがに身を引いてよけられた。
「こんにゃろ!」
「おりゃ!」
引いた体勢からの上段蹴りが放たれる。だけどそれは見えている。
幾度とクロとの格闘戦でわかったことは攻撃させないこと。となれば攻撃の暇を与えないか、隙を作らないか。だけど【甲鱗】と持ち前のタフネスでクロは多少の攻撃ぐらいなら強行して攻撃を仕掛けてくる。格上相手にはリスキーな方法だけど、明らかな格下や初見殺しの一撃としては十分効果を発揮するだろう。
だからここで、もう一つの対策を作る。
クロが蹴ろうとした脚の太もも。そこを脚の裏で抑える。すると蹴りを繰り出そうとした彼の動きがピタリと止まった。
「ぐ、力が、上手く入らん」
「なるほど。結構有効かも」
「ち、なら!」
「そりゃ!」
振りぬけなくなってしまったクロが脚を戻すと次は腕を振りかぶって殴りかかる。そしてそれもわかった。
だから、彼の腕が最大限に振りかぶられたその瞬間に二の腕を掴んでがっしりと固定する。そうすると放たれるはずだった彼の腕は止まってしまった。
「どういうこった?」
「機先を制するってこんな感じかな」
一つだけわかったことがある。
自分の【因子保持者】としての能力を全開にしてわかったことの一つに、『よく見えるようになった』というのがある。自分でも不思議だけど、目まぐるしく動いているはずの背景を冷静に対処している自分がいるということもそうだし、今のようにクロが行おうとした攻撃に対して私はピンポイントであわせることが出来ている。やりたい、と思ったことを出来るようにしているこの肉体にも理由はあるのだろうけど、とにかく自分の能力を十全に発揮できているという実感は非常に心地よいとも感じた。
「悪いけど、接近戦闘で勝たせてもらうわよ!」
「させるか!」
速さこそ命を心情に、拳を振るい蹴りを見舞う。
わき腹、膝、肩、腰、顎。
こちらの連撃に対してクロは少し顔を歪めながらも大振りの一撃を仕掛けようとする。
だからそれに合わせて曲げられた肘につま先を突立て動きを抑制。さらに脚の指で服を掴んで思いっきり引いた。
「ぬぉ」
「よっと」
姿勢を崩すまいと耐えたクロ。だけどそれは狙ったとおりであり、体を強張らせたことで足場となったそれを足を引いたときの勢いに任せて跳びあがる。そのままクロの頭部を掴んで体を逆さにし、体重に身を任せて後頭部へと膝蹴りを叩き付けた。
「でぇ!」
さすがに痛みを感じたのか、背筋が丸まった彼の背中を踏んでもう一度跳躍。
頭部への衝撃で気絶しなかったのはさすがといわざる終えないけど、今度は前宙からの踵落としを再度頭部に向けて振り下ろした。
「ぐぇ」
「あ」
しかし彼が少し身じろぎしたからか、頭部から少しズレて首にダイレクトしてしまった。
「…………」
そのまま、クロは床へと倒れてしまう。
これは……勝利で、良いのだろうか。
「まぁいいか」
どうやら死んでないから、大丈夫だろう。うん。
それよりも次がすぐにやってくる。




