特訓風景は
その部屋は音で溢れていた。
打撃音、金属音、破裂音、破砕音、声音、水音、摩擦音。
決まりの無い音はどれも穏やかなものではなく、争っている音だった。
「ふッ!」
大立ち回りをしているのは白い少女と黒い少年。
体格に優れている少年は後退を選ばず、前進しての戦い方であるのに対し、小柄な少女はその小ささと己の足を活かして立ち回る戦い方だ。
少女は少年から常に一定の距離を保ち、近づかせない。
少年は少女を自分の攻撃範囲に収めるために距離を詰める。
二人が戦っている部屋には様々な障害物や武器などが設置されていた。
少女はそれらを足場に、はたまた影にして少年の視界を切っては強襲し、離脱。
少年はそれを迎え撃つというのがここまでの戦いの流れである。
――かつん
「ッ!?」
少年の背後で音が鳴る。
振り返ればそこには小さな石ころ。それを目視したのと同時に、自分が釣られたということを自覚。
ほぼ反射的に前を振り返れば目の前には白い髪。重力に従って落ちていくそれに釣られて視線を下へ向ければしゃがんだ姿勢から跳ね起きようとする少女の姿がそこにはあった。
瞬転、少年の視界が揺れた。
下を向いていたはずの視界は天井を見ており、顎がぎしりと軋む。
浮いた体がそのまま落ちればまだいいが、それでは甘い。この絶好のチャンス、どんな敵でも追い討ちを掛ける。故に、少年は鈍る思考の中で力任せに足を振り回した。踏み込みが出来ていない今の状況での蹴りなぞ大した威力にもならないだろうが、牽制として扱うには十分であるし、運よくあたれば仕返しにもなる。
とはいえ、そう上手くもいかないわけで。空を切った蹴りは彼の浮いた姿勢を崩し、回転してうつ伏せで床に落ちた。咄嗟に受身をとって衝撃は和らげたが、それで安心できるわけも無くすぐさま膝を曲げ、足を自分の胴体に寄せ、丸まった状態を介して立ち上がり周囲を警戒。既に白い少女の姿は消えていた。
厄介だ、と少年は思考する。彼の持ち味は頑丈な肉体に恐らくは誰にも負けない膂力だ。それだけに技術を必要とせず、力任せの戦い方をする。対して相手の少女は速さが売りだ。その速さを生み出す脚力から繰り出される蹴りは中々いい威力でもある。しかしそれ以上に厄介なのは場を活かした戦い方を最近覚えてきたことか。
ここが更地であればこちらにある程度の分があるが、今回のような混戦やゲリラ戦など、様々な要素が組み合った戦いにおいて現状少女は少年よりも巧かった。現に先ほども、姿を消し、音を消したところでの石ころによる誘導。あれに誘われてしまった彼にも落ち度はあるが、真正面からの戦いを少女は仕掛けてこなかった。
加えて、
――パパパ!!
「うぉお!?」
響く銃声。
障害物として設置された岩陰から姿を現した少女はその手に銃を構え、少年に向かって撃つ。
咄嗟に少年は地面を転がるが、乱射されたうちの一発は彼の体に命中した。
「危ねぇ……」
しかし、銃弾は彼の皮膚を、肉を抉ることは叶わない。とっさに展開させた自身の能力である【甲鱗】によって銃弾は弾かれたからだ。
今のように、少女は銃も用いる。少年はどうも細かい武器の扱いというのは苦手で、咄嗟に銃の引き金を引くと引き金が壊れてしまうということが多々あったからだ。ともかく、遠距離の攻撃手段を身の回りのものや兵器を使うようになってから少女との相性はすこぶる悪くなったといえるだろう。
かといってそんな簡単に屈するわけにもいかない。相手が武器を用いるように、自分にも武器は転がっている。
障害物として置かれている岩や机、椅子、などなど壁や踏み台として用いるのが常な代物も、彼の前では武器となる。
「おらっ」
掴んだ机の足を、自分の握力でめきりと鳴らし、特に当ても無く自分が向いている方向とは逆方向へと投げる。空を切って飛来した机は地面にぶつかるのと同時に木の破片となって弾けた。次は岩を砕き、礫になったそれらを投げ、蹴り、辺りに散らす。傍から見れば遮二無二暴れているだけの様子であるが、ある意味では間違っていない。
「っっ!?」
「見つけッたァ!」
強引なあぶり出しによって、障害物の陰に隠れていた少女が姿を現す。
少年は歯を見せて笑うと、待っていたといわんばかりに鉄くずを投げる。
無論あたればただでは済まないそれを、少女は手に持っていた銃を投げて射線を一部遮り、その間に別の障害物へと逃げ込む。
少年は少女が逃げ込んだ場所を確認すると思いっきり地面を蹴って跳躍。少女のような軽やかなものではないが、上空へと身を晒したことで少女の位置は丸見えだ。もし彼女が銃を持ったままであればいい的になっていたが、今の少女の手には何も握られていない。着地。
すぐ目の前に落ちた少年を少女はバックステップして距離をとる。殴り合いで勝てない以上は時間を掛けて戦うしかないのが少女の現状だ。
しかしこれ以上少女との追いかけっこをしているのは楽しくない少年としては、そろそろ決着をつけたかった。となれば突貫、自身のポテンシャルを活かしたタックルだ。
そうして迫ってくる少年の姿に少女は目を見開くと、ポケットから何かを取り出す。それは一見すれば缶。だがそれの正体を少年は知っている。
「しまッ」
――――カッ
音が消えた。
咄嗟に目は閉じたおかげで視力は失われていないが、すぐ目の前で起きた発光現象によって瞼の裏は白く染め上げられた。
平衡感覚が乏しく、自分が今確かに立っているのかという感覚も曖昧。
スタングレネードと呼ばれる兵器であり、一瞬でおきる大音響と発光によって複数の対象を一度に戦闘不能に出来る代物だ。とはいえ直接的なダメージがないため一時的な『行動不能』となるという効果から対処法ももちろんあるのだが、今の少年にそれを満足にすることは叶わなかった。
「っう」
少年が今前後不覚になっているように、すぐ目の前でスタングレネードを起爆させた少女もただでは済まないはずだが、使ったということは何かしらの対策を予め行っていたということだろうか。
そんなことを考えていれば、急速に自分の体が引っ張られて硬い何かに押し付けられた。
組み伏せられたが、一応咄嗟に【甲鱗】は展開してある。
が、
「勝負あり、ね」
「降参だ」
全身に【甲鱗】展開させた状態で組み伏せられるということは少年にとって詰みであった。
なにせ、【甲鱗】は能力をその部位に使用している間動かせなくなるという欠陥を抱えている。故に、関節に【甲鱗】を展開させてしまうと動かせなくなってしまうのだ。動く像ならぬ、動けぬ人である。
「これでやっとイーブンじゃない?」
「そうかぁ? まだオレの方が勝ち越してるだろ」
互いに戦いが終われば組み伏せた少女は少年の上から退き、少年は展開させていた【甲鱗】を解除して動けるようになった体で立ち上がる。
「お疲れさま~二人とも。はいタオル」
「ありがとう、リョー」
「おう」
そこへ青い髪の少女が駆け寄り二人にタオルを渡した。
それぞれ感謝を述べると、タオルを使って汗を拭った。
「それじゃあ次はボクとハクちゃんだね~」
「少し休憩したらね」
「オレはしばらく寝てるから二人で楽しんで来い」
強くなるために。
三人はお互いを高めあっている。




