まずは休息を
「あ、づぅ……」
「クロ、動けるの?」
「なんとか、歩けるようにはなったな。で、なんかわかったのか?」
情報をじっくり見たところで完全な理解が出来ないとわかってからは基本的に流し読みにしていく方針にしていた。とはいえ、閲覧できる項目は行われた実験についてのレポートが多くこれこれをこうしたからこうなったという専門的用語が多かったのためそこらへんは読み飛ばしていた。一応レポートの最初や最後のほうは書いた本人の考察なんかがあったためそこだけは重点的に読んでいたけれど、やっぱり得られたうえで理解できた情報は少なかった。
「そいえば、キリミネについてっていうのはわかったのか?」
確かに、今言った情報に桐峰に関する情報はほとんど無い。クレハは見ればわかるみたいな事を言っていた筈だけど、それらしきものは一切見受けられなかった。
「結局この部屋にもキリミネのヤツがいるようにも思えないしな」
「あー、そういえばそうだね。確か、キリミネさんってバイクも無いから移動手段は自分の足だけだと思うんだけど」
「けど、オレらがここに来るときにすれ違ったって様子もないしなぁ」
「それじゃあそろそろアンタたちが聞きたいことを答えましょうか」
クレハが部屋に入ってきた。
どこへ行っていたのかはわからなかったけれど、私たちが情報を見ていた時間は結構長かったはずだから彼女のもそれだけの時間何かをしていたということになる。さすがに聞かないけど。
「ひとまず、【リュウ】……えーっと、アンタたちはキリミネって呼んでるんだっけ?」
「えぇ」
「桐、峰ね。とりあえず言えるのは、アイツは【中央】に行ったわ」
「【中央】……」
「ま、あたし達研究所の総本山ってわけね。その分警備体制はどこよりも強固だし、【因子保持者】を調教した部隊も当然ある。施設自体の強度もどこよりも高いから、そう簡単には攻略できないでしょうね」
「桐峰は大丈夫なの?」
「当然、大丈夫なわけ無いでしょ。確かにあたしは殺してないけど、アイツを傷つけるぐらいは容易いもの。本当だったら深手を負わせておきたかったんだけど、ついついテンション揚がっちゃって色々喋っちゃったしなぁ。そのせいで逃げられちゃったし」
「貴女、戦闘になるとああいう風になるのが普通なの?」
「そうでもないわよ。ただ、戦闘を行っている場面が基本的にあたしにとってそういう場面っていうのが多いのよ。(……あの子のときもちょっと舞い上がってる部分あったし)まぁ、多分アンタたちとかあの男が関わっていない場面だったらもう少しまともよ」
「傷を負わせたっていうのは?」
「竜の鱗はね、時を経るごとにぶ厚く、頑丈になる。だけどそれは最低でも100年は必要なのよ。だけどそこのリョーも、桐峰も、まず生きてる年数からしてほんの十数年。そんな鱗はガキの竜と大差ないわ。ちなみに、亀の甲羅とか論外よ。万年クラスでやっと5世紀は経た竜の鱗と同格なんだから」
「ドサクサ紛れに否定された……」
「ともかく、あたしにとってはその程度の鱗っていうのはちょっと硬い皮膚程度でしかない。斬るのには当然コツとか裏技があるけど、それも難しい話じゃない。
あー、話が逸れる。桐峰の傷のレベルについてね。まず、あの男は後天的な【因子保持者】よ。プロトタイプという言い方や、奇跡の塊なんかも当てはまるか。それだけに、彼の肉体に宿っている因子は本当に【リュウ】だけ。残されてる記録によると初期の肉体はヒトよりちょっと優れた程度。第二段階は極小レベルの鱗になった皮膚の変化。最後の段階で人間離れした身体能力とまともな武器を通さなくなった皮膚ね。再生能力についてはあたしたちのように色々混ざってる【因子保持者】に比べる低いわ。とはいっても、皮膚を裂かれても浅ければ一日もあれば治る。さすがに腕とかを切断されれば一週間以上は安静よ。今回あたしが桐峰に与えたのは腕の裂傷、胴体への打撃による内部攻撃、あとは細々とした切り傷程度ね。脚を奪わなかったせいで逃げられちゃったから、そっちは特に問題がないでしょう」
「じゃあ、腕の怪我と胴体の怪我が主な部分ってこと?」
「そうね。その程度だと桐峰は足を止めるような人間じゃないこともわかるし、現在進行形で【中央】を目指しているんでしょうね」
「なら……」
「追いかけるのはやめなさい」
「どうして!?」
「あー、もう。本ッッ当に何も聞かされていないのね。まず、アンタ達の動きも、桐峰の動きも捕捉されてるの。そして、そのための動きも既に【中央】はしてる。行ったところで誘蛾灯に集まる虫の如く、よ」
「じゃ」
「だからこそ、一度ケヴィンの所に戻ることね」
「え……」
「今回は急なことでともかく速さが必要なわけだけど、はっきり言って三人とも弱い。ハクはあの状態を制御できるようにならないと打開策はないし、そこの二人もあたしが知っている二人に比べれば遥かに弱い」
「「………………」」
「ひとまずは力をつけなさい。あの男はクズの代表格だけど、腕に関してなら一級品よ。だから、まずは帰りなさい」
「けどそれじゃ桐峰はどうするの? あと、どうしてケヴィンのことを……」
「桐峰はまぁどうにかするわ。ケジメ案件の一つだし。あのクズは……いいたかないけど腐れ縁みたいなもんよ。丁度良くいいもん持ってきてくれてたからね。使わせてもらったわ」
「………………」
「まぁ信じられないのも無理は無いけど、今の状態で【中央】に乗り込んだところであの男にとっては実験体が勝手に帰ってきてくれたようなものよ。だから、信用はしなくてもいいから信じていなさい」
「……わかった」
「そう。なら良かったわ」
私としては不服ながらも、クレハを否定できるだけの材料が無い。至極当然のことを当たり前のように言われただけで、そこに抗うというのは子供の癇癪と変わらないからだ。
それに、死にこそしていないけれどクロは十分重傷だし、リョーも外傷こそ見受けられないけれど頭を強く打ち付けている。私も、怪我はそこまでしていないけれど暴走した影響か身体に重さを感じている。万全とは程遠い状態だった。
「そういえば、クレハは此処に残るつもりなの?」
「当然。この肉体だと短い時間だったけど、この場所は一応あたしの場所よ。アンタたちについていくことは無い」
「わかった」
彼女はそれだけ言うと、挿し込んでいたメモリを抜く。唯一光っていたモニタが暗転する。
手のひらにメモリを握りこむと、ぱき、という音と共に手の隙間から砕けたメモリの欠片が床へと落ちていった。
「ほら、行きなさい。桐峰のことはちゃんとやっておくから」
その言葉を背に、私たちは研究所をあとにした。
赤い道を行き、梯子を昇り、焦げた入り口を出て行く。
車にたどり着いたまでは良かったけれど、運転するクロは重傷だ。万が一が合っては危険なので、その日は休むことにした。
廃墟となった町を出て行ったのは、翌日のことだった。