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Factor  作者: へるぷみ~
廻る少女は朱に染まれない
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破損されたファイル

 

 それが発見されたのはまったくの偶然だった。

 発見したのは隠居紛いの一人の学者であり、その研究の異質さから世間から爪弾きにされた男だった。

 男は天才であったが、それ故に子供の描くような夢を未だに見ており、それができるだけの能力が確かにあった。そしてヒトという生物を何処までも信じており、お伽噺や英雄譚におけるヒトとはどんなものだったのかと、追求していた。

 故にその研究のほとんどが、人体実験であった。年齢性別は問わず、あらゆる人種のヒトを集め、あらゆる方法でヒトを研究していた。もちろん、そのほとんどは法に触れていたのは当然だったが、そのほとんどの被験者は死刑囚でもあったことから見て見ぬふりをされた。国が見逃すしかないだけの能力と、男の研究内容から様々な国の上層部や富裕層からの支援が絶えることは無かった。

 そうして男は、人の目につかないようなところで日々研究を行っていた。

 『人類のその先』を目指して。


 学者の日常は実験であり、その日は『ヒトの特定重力下における研究』を行うために、正しく重力が働いているかを観察するための計測器が完成し、テスト運用をしていた時のことだった。

 計測器のセンサーが、極めて特異な重力の歪みを検知したのだ。最初は機械に不備があるのかを疑った男であったが、すぐにそれは違うと断言した。であれば、実際にその特異な重力場を発生させている場所があるということであり、研究者である以上そのような反応を示されたら確認しに行くのは当然のことであった。

 計測器が最も反応した場所へと辿り着くと、男はこれまでにないほど興奮した。


 そこには、歪んだ空間があった。


 視認ができ、計測器はその場所に対して変わらず反応を示している。なぜ歪んでいるのかが気になった男だったが、それ以上にこの歪みの奥には何があるのかが気になった。普通であれば歪んだ空間の先に何があるのかなどわかるわけも無いのだが、男にとって歪んだ空間の先には別の世界があると信じて疑っていなかった。

 まず男はその日実験に使用する被験者で空間の先を調べることにした。薬で催眠状態にし、そこにカメラや集音機などを装着させ、命綱を付近にあった木に繋げた。そして催眠状態の被験者へと、歪みに進むように指示をしたのだった。

 結果として、歪みの先を観測することは出来なかった。

 というのも被験者の姿が歪みと重なったと確認するのと同時に、被験者の姿は跡形もなく消えたからだ。そこまではおおむね予想通りであったが、被験者に装着させたカメラと集音機からは、映像はおろか音も伝わってくることは無かった。

 これでは意味がないと、木に繋げていた命綱を引き、一旦被験者を連れ戻そうとした。が、引いた命綱は手応えなく巻かれていき、命綱の先にいた被験者も機材も歪みの先から戻ってくることは無かった。


 男はこの現象に一層興奮した。

 現在行っているあらゆる実験を放棄し、歪みの研究を始める程には。

 まず、行っている実験の放棄を支援者たちに一方的に告げた。次に国へ大規模な実験を行うための研究所の新設と人員の確保をこれまた一方的に告げた。もちろん、この一方的な通達には支援者と国の上層部から不満はあったが、それでも承諾させるだけの発言力が男にはあった。

 そうして突貫作業のような早さでありながら人目に触れられることも話題に上がることもなく、歪みのあった周辺環境は急速に人の手が加えられていった。

 大きな変化は、山が出来たということ。表面上は木々の生い茂った山であったが、その内部から地下となる場所には研究所が建てられた。歪みに関しては動かすことも出来ないことと、周辺地域の磁場が原因によって発生したかもしれないという懸念が最初期にはあったが、その歪みが独立して存在しており周辺環境には左右されないことはすぐに判明した。よって、歪みは人の手が入りにくいように洞穴をつくり、その最深部の真下に歪みがあるという形になった。

 次に、人をあまり遠ざけすぎるというのは逆に良くないということから、山のふもとに村を作った。村の住人の八割はこれから行われる研究の関係者や支援者から送り込まれてきた監視員、他にも見てみぬ振りをするための他国の諜報員などがいた。特に、病院関係者は全員が息の掛かった者であった。残りの2割は、新たな村を作るということから募集した何も知らぬ一般人であった。


 そうして地盤が固まっていく中でも、男は変わらず研究に没頭していた。自分がすることは探求であり、そのための土台作りを自分の支援者たちに指示することはあっても、指揮を執ることは無かった。

 男は歪みの先を知るためにまずは歪みについての研究を行った。

 最初の失敗でわかったことは無線が通じない、有線も歪みを介すると空間が違うからなのか切断されてしまうということ。となれば、歪みを介しても無線が通じるようにするか、いっそ直接乗り込ませてデータを記録しての自力での帰還が候補に上がった。後者は歪みの先がわかってもいない以上現実的ではないため、必然的に前者が選ばれるのは当然であった。

 最初に歪みを検知した観測機を更に改良していき、周辺環境の磁場や地盤、他の外的要因がこの歪みを生み出したのかを調べあげた結果、全てが関係ないということまではすぐに判明した。となると歪みの原因はその先にある何かということとなる。そうなると次に考えられるのは別の場所へと空間を繋げられるだけの技術力があるのか、本当に偶然歪みの先で超自然現象が発生してここに繋がったかである。

 前者となると、事は少々ややこしくなる。何せ現代でもなし得ていない技術力を有している文明が存在しており、その文明がこちら側に侵略をしてこないとも限らないからだ。後者だとしても、ややこしさは変わらないかもしれない。何せ自然現象であればいずれは環境の変化が起き歪みが消えてしまうかもしれない。

 前者は学者である男にはあまり関係なかったが、後者であるとせっかくの研究対象を失ってしまう。それだけは避けたかった。

 とはいえこちらから出来ることなど何もなく、男が行ったのは同一レベルの歪みを生成し、歪みを介した上での情報伝達を可能にするための研究が主だっていた。幸いにして計測器によって歪みと同一の重力場の生成は再現可能だったため、研究が頓挫することはなかった。

 そして半年、男にとって前段階ともいえる段階では最長の期間を以てようやく歪みを介した上での無線による通信が可能となった。

 まず実行されたのが、遠隔操作を可能としたロボットによる映像や周辺環境の調査。そして周辺環境の調査が十分だと認められたら、遂にヒトによる調査を行うということとなった。ちなみに、今回用いられるヒトは死刑囚ではなく、訓練を積んだ刃物の一本もない状態でも生き延びることができるプロが選ばれた。

 そうこうして、第一回の歪みの先の調査が行われた。

 遠隔操作されたロボットはキャタピラによる移動で歪みへと近づき、通る。瞬間、最初に男がヒトを歪みへと入れたとき同様の眩い光が周囲を覆い、ほどなくしてそこには歪みだけが残るのだった。

 歪みを通るまでの映像を問題なく写し、送っていたロボットからの通信はしばらく無かったが、その三分後、途切れ途切れながらも映像が送られてきた。どうやらロボットが降り立った場所は森の中であり、背後には成人男性の肩幅ある木の幹が生い茂る枝葉で影を作っていた。影があるということは光源があるということであり、映像は空とおぼしきものを撮すが、太陽のような光源が映ることはなかった。次に地質だが、特に問題はないようだが不完全に送られてくることもありデータとしては不十分であったが、こちらの土や石と同様のデータが時折得られることから、ロボットの操作には支障はなかった。そしてヒトを送るにあたって最大の要所となる空気だが、どうやら酸素や二酸化炭素は勿論のこと、空気中に含まれている成分には人体に有害なものは見受けられなかった。しかし、何からなにまで同一ということではなく、酸素濃度は此方では約21%ほどであるのに対して、6%高い27%であった。他にも希ガス元素のアルゴンは0.93%であるところが0.08と異様に低く、窒素は62%、二酸化炭素は0.011%だった。残る約10%は不明。この不明成分は結局のところ機械で判別できず、そのた空気の成分比はアンバランスでありヒトを送り込むことに男の周囲は議論したが、決定権は男が持っているため予定は変わらなかった。

 しかし、ロボットを操作し続けて一時間といったところか、森の中の変わることなく飛び飛びの映像を撮り続けながら走行していたロボットが、通信を途絶した。細切れな映像ということもあったために急な周辺状況の変化に対応できなかったのが原因ではあるが、それ以上に最後に映ったソレがロボットの通信途絶の元凶であることは、誰の眼からでも明らかなものだった。最後の映像……そこには、苔むしたかのような緑色の巨漢が、その大きな手に握られた石斧をこちらへと降り下ろす瞬間があった。

 機械から送られてきた最後の映像は、観ていたものたちを騒然とさせた。しかし、その中でも一人だけは違った。驚き、困惑するのではなく、狂喜し笑った。周りの者たちは男の様子に戸惑いを浮かべたが、責任者でもある男が元々狂った人間であるということもわかっていた彼らは、男の様子を見守ることしかできなかった。

 知的生命体かどうかは置いておき、二立歩行し道具を用いる生命体がいるということが判明した。それだけでも大きな前進であるが、それだけで満足するほど男は浅い人間ではない。今回の調査において、ひとつ判明したことがある。それは、男の世界とあちらの世界では時間の流れが違うということだ。明確には、あちらの世界の方が時間の進みが早い。そのために、リアルタイムで映像と音声を無線で送っているにも関わらず得られたそれらはコマ送りの様に飛び飛びになっていたのだろう。いうなれば、超高速の映像を見せられていたわけなのだから。

 ちなみにこの映像を解析したところ、時間が高圧縮された映像ではなかったために再生を遅くしてもリアルタイムで観ていた映像がゆっくりと流れただけで、幕間の内容は得られなかった。

 簡単な原因として、こちらとあちらを無線で繋ぐことが時間の差を生み出しているということであり、独立させたものであればあちらの時間を基準として活動するはずである。しかし、現状ではこちらからあちらへと送ることはできても、あちらからこちらへと戻ってくることは出来ない。戻ってくる手段が確立できていない以上、人材にしても資源にしても無駄となってしまうため推奨は出来なかった。


 そこで男はこちらから調べるということをせず、あちらから調べるという手段をとることにした。そしてあちらの世界からこちらの世界を繋げる方法を確立させればいい。幸いにも彼のいる世界に対してあちらは早く時間が進む。こちらからしてみれば大した時間もとられないだろう。

 まず彼は、研究者を一から見繕うことにした。自分がいけるのが一番いいが、それは難しい。まだこちらでやることは多くある。かといって誰とも知らぬ奴らを信用できるわけもない。となれば絶対に信用できる人間を造ればいいのだ。男はクローンを生み出す。信用できるとなれば自分だけであり、自らの遺伝子を流用するのは極自然なことだった。とはいえ、まったく自分と同じ人間を生み出すというのもつまらない。そこで彼はプロトタイプクローンとしてXX染色体で造り出した。人工母体による培養を行い、通常よりも遥かに早い急成長を行い肉体を十代前半にする。出来上がった肉体に自身の記憶をコピーしたナノマシンを投与する。これによって生み出されたクローンは初期状態から男の知識を記憶という形式で手に入れることが出来るようになった。なぜ直接脳へ記憶を上書きしなかったのかと問われれば、そもそも男の肉体と女の肉体では構造に差異が存在するため、規格の合わないハードとプログラムを掛け合わせるようなものだからだ。その点記憶情報という外部処理がされた場合、後付で記憶を得ていくために記憶か肉体のどちらかが順応するようになり、所々で処理のされ方はことなるであるものの、自然と記憶が定着されていくからである。

 しかし、プロトタイプとして生まれたクローンに問題がないというわけでもなかった。自意識の芽生えが最初の問題であり、最大の問題だった。結局のところクローンが与えられた知識や記憶は全て客観的に得たものであり、クローンの少女自身が得たものは何一つないということを知っていたのだ。もともと男の遺伝子を使ったからなのか、それとも本来在るべきものがないからなのか、少女は求めた。自分の、自分だけのなにかを。そして、そのために自分がいるわけにはいかないと判断したのだろう。少女自身の中で新たな人格を生み出した。造られた少女が作った人格。何も知らず、きっと普通に生きていたらを想像して、記憶を改ざんして、意識を裏と表に分けた。そして、少女は少女として生きるようになる。

 このことに、男は喜んだ。まったく予期していないことだからこそ喜んだ。やはり生命とは、人類とは素晴らしいと。盲目的に狂信的な男だからこそ受け入れられることだった。男は少女を自由にすることにした。見えない部分での根回しはもちろん行う。裏へと回った主人格はどうやら男が関連しそうな場面であれば表に出てくるようで、そういった部分を利用して少女の周辺を整えた。さながら愛娘を甘やかす親のように。

 とはいえ、意外な成果を見せたクローンだがしかし本来の目的を果たせなくては意味が無い。よって男は結局自身の記憶を引き継いだXY染色体クローンを造り、ほとんど自分と同じ思考を持つクローンを作成。クローンと共に機材を送り込んでいき、こちらでは一年と経たずしてあちらとこちらを繋ぐことに成功したのだった。


 【これより先の閲覧はデータは破損しています】


 【データの復旧を行いますか Yes / NO】


 【データの復旧は行いません. それに伴い、破損されたデータを暗号化および消去を実行します】


 【消去中……消去中……】









 【エラー. 完全なデータの消去が行われませんでした.】



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