戦利品をその手に
「ん、んぅ……」
「リョー、大丈夫?」
クロは現在進行形で傷口が少しずつ塞がっていたけれど、念のためということで簡単な消毒をした後に傷口がずれて回復を始めている場所があったのでもう一度傷口を開いて位置をずらし、安静している。
ちなみに傷口を開く作業は当然の如く痛みを伴うため、悲鳴こそ上げなかったけれど彼の顔は非常に青ざめていた。小さく血が血がと言っていたので、持ってきていた増血剤を飲ませた。
クロが動けるようになるまで時間があったので、その間にリョーを起こしに行く。壁が陥没するレベルで壁に叩きつけられていたこともあって心配だったけれど、今のところ確かに問題はなさそうだ。
「あれ、ボク……。そうだ、あの人は!?」
「それなら大丈夫。一応、なんとかなったみたい」
「どういうこと?」
「それについてはあたしが説明しましょうか」
いつの間にかどこかへと消えていたクレハが姿を現した。
どうやら、部屋の置くにいっていたらしい。血とか色々で汚れていた彼女の服は既に着替えられており、真新しい白衣の下には黒一色のワンピースを着ている。ただワンピースは体に少し合っていないようで、太ももが限界まで見えてしまっている。
「うぇ!? は、ハクちゃん! 大丈夫なの!?」
「一応、としか言いようが無いわ」
「えぇ~」
「安心しなさい。あたしとしては今死ぬわけには行かないのよ。さっきはつい衝動的になっちゃってだけで、つい殺したくなっちゃのよ。自分の黒歴史を見せ付けられてる気分になって」
「つい、で殺されそうになった身にもなって欲しいがな」
「それに関しては、あんたが悪いわね。自分の身を省みないで死にに来るやつを殺さないほどあたしは甘くない。それに、あんたがあたしよりも強ければ死に掛けもしなかったわよ?」
「辛らつな現実をどーも」
仰向けになって寝転がったままのクロがクレハにぼやくと、クレハはクレハで投げやりだが真実で返した。クロとしては間違ったことを言われているわけでもないので、諦めのため息を吐くしかなかったようだった。
「さて、とりあえず今のあたしの立場みたいなものを説明しておきましょうか。まず一つだけど、これ以上あたしはあんたたちを害するような行動はしないわ。だけど、あんたたちの仲間になるというわけでもない。勝者の報酬という意味での最低限の協力はしてあげるわ」
「っていっても、信じられないけど~?」
「それは確かね。ただ、さっきハクにも言ったけれど、あたしはこれ以上負傷できないの。下手な怪我はそのままあたしの寿命が尽きることに繋がってる。このままであれば死ぬことはないんだけどね。だから、あんたたちと今敵対してリスクを負うという行為ができないの」
「そういえば、協力って?」
「それも今から言うわ。まず現実として、この研究所は壊滅したわ。一応あたしはまだ生きてるど、この場所は施設としての機能は完全に失われた。だからあたしがこれから行うのは自身の死を偽装すること。そして、【リュウ】から守ったデータをあんたたちに与えること」
「そうだ、桐峰はどうしたの!?」
「それはこれを奥の部屋に持っていってからね」
そういって、白衣のポケットから出されたのは……確か、記録メモリというヤツだ。実際に見たことはないけれど、なぜだか知っている。
「使い方ぐらい、【因子保持者】の初期記憶設定で組み込まれているはずよ。ほら」
それが私の手に渡された。
「あたしが直接的に教えるわけにはいかないのよ。だから、戦利品として手に入れたこれを使って閲覧した、ってことにしなさい。操作はしないから、これで操作間違えてデータを消してもあたしは関係ないからね。それじゃ」
「どこに行くつもり?」
「別に逃げないわ。ちょっとやることがあんのよ」
それだけ言うと、クレハは部屋を出て行った。本当に逃げないという保障があるわけではないけれど、今はそうもしてられない。
「行きましょう」
「うん。あ、クロ君は?」
「あー、正直まだ動けん。動けるようになったらそっち行く」
「わかった」
そして私たちは、部屋の奥へと向かうのだった。