決着は呆気なく
鮮血に染まる手。
生温かいなソレはぐにゅりとした触感、少しだけ硬い何かが腕を引き抜くときに抵抗した。
「が、ふッ……」
目の前の少女が膝をつく。
彼女の胸から少し下の位置からは穿たれた穴から出てくる血が服を染めた。
「づ、ぅ、っ、つ……」
痛みを堪えているのか、傷口に手を当てたクレハ。
そして小刻みに揺れながら面をあげて私を見る。
私の意識はまだ自分の肉体に戻っていない。傍観者の視点で、その様子を眺めている。
私の体は先ほどまでの荒々しさとは打って変わって、彼女を静かに見下ろしている。
目が合うと、クレハはあざ笑うように顔を歪ませた。
変化が起きたのはその直後だ。
「が、がぁあああああ!?」
さっきまでは体を貫かれた痛みさえ耐えていた彼女が、突然床を転げまわりだした。
その表情は苦悶。目を見開き外聞もなにも考えられるだけの余裕はなく、嗚咽を吐く口からは涎が、血が、胃液が混ざって床を汚していく。
何度も何度も床に額をぶつけて、額が割れて血が吹く。
「あ、あ、あ、……」
しかしその様子も一転、ピタリと動きが止まったかと思えば何事も無かったかのように彼女は倒れていた体を起こし、汚れた白衣を脱ぎ、まだ汚れきっていない白衣の布部分で自分の体についた汚れを拭い起き上がった。
「見苦しいところを見せたわね」
「…………」
彼女の姿は変わっていた。
先ほどまで彼女に穿たれていた穴はそこになく、割れていた額の傷も拭いきれていない血が付着しているだけで何事も無かったように綺麗だった。
加えて、見間違い出なければ彼女の身長が伸びている。心なしか肉つきも変わっていて、この表現は成長というものでいいのだろうか。
「傷口が塞がっているのが不思議? それとも、あたしの姿が成長していることが不思議?」
彼女の態度だけは変わっていない。肩を竦め、おどけるような仕草。
そこにはさっきまでの私を殺そうという雰囲気が弱くなっていた。
「多分、もう暴走はしてないわよ。貴女が自分を閉じ込めてるから体が動いてないのよ。ちゃんと、自分の意思で体を動かすことを意識しなさい」
「ぅ……ぁ」
クレハにそう言われて、私は自分の体を動かそうと意識を集中する。
眠りから覚めるように、体がゆっくりと自分の意識に追従して動かせるようになっていく。
「ん」
「はぁ。とりあえずこれだけ伝えましょうか。もうあたしに貴女を殺す力は無いわ。【スザク】は治癒能力に長けている分寿命は凄く短いのよ。今のあたしの年齢は大体20代後半ね。この肉体の年齢は30が寿命になってる。だから、これ以上の負傷はそのまま命に関与してくる」
「でも、あなたは私のことを死んでも殺すって」
「ええ、私の命で貴女を殺せるなら安いわね。でも、あたしは死んでも貴女は死なない。その時点で、あたしの敗北よ」
「そう。……っ、そうだクロ!?」
目の前で起きた出来事と暴走していたこともあって、クロのことを思い出すのに時間がかかってしまった。
彼は倒れたままそこにいる。
「クロ、大丈夫クロ!?」
彼の傍によって体をゆする。
「少しは落ち着きなさい。彼のベースになった遺伝子はちょっと特殊だから、大丈夫よ」
「どういうこと?」
目を開かないクロが生きているのかわからなくて、どうしようか考えていると、背後からクレハそういって近づいてきた。
「貴女やあたしが人工的に作られた存在だとしたら、この子に使われている遺伝子は天然物なのよ。生まれつきに人体にとって致死量となる負傷をしてもものの数日もあれば完治してしまう天性の肉体。そんな特殊な肉体をもつ遺伝子があれば、利用されるのは当然の話。私たち【因子保持者】のほぼ全てが高い自然治癒能力を有しているのは、彼の遺伝子の一部が組み込まれているから。能力の発現は個体それぞれだけど、普通の人間に比べればはるかに高い再生能力をもっているわ」
「っ、っでぇ! いった、いったぁ……!?」
「クロ!」
「生きてたようね」
クレハが喋っている最中でもクロの体をゆすり続けていると、ついに彼は目を覚ました。とはいえ、傷がふさがってきた程度で身体は燃えるような痛みを訴えかけており、彼の目覚めは最悪だったが。
「げほ、ごほ、し、死ぬかと思った……。っーか、なんでオレを斬った張本人は当然のようにそこにいるんだ?」
「ま、色々とね」
「ふん、そうかい。まぁこっちをころさねぇんだったら別に構わんけどな」
傷口を押さえて上体を起こすと、彼は痛みに顔をしかめた。