暴走する怒り
「こんっの、バカが!!」
私を襲ったのは強い衝撃だった。
正面からじゃない。横から何かがぶつかった。
視界がぶれて、崩れた態勢になっていた。
「ちっ」
舌打ちが聞こえた。
「え?」
私を押し飛ばしたほうをみる。
振り下ろされたクレハの刀は血に染まっている。
私の血ではない。じゃあだれの?
「く、ろ……?」
「お……ぅ。ぐぁっ」
わたしがいたはずのばしょには、くろがいた。
どうしてかれがいるのだろうか。
どうしてかれはあかいのだろうか。
どうして、かれの、からだ、は――
「あぁ、あああ、あぁあああああああ」
あかがゆかをそめていく。
ひろがってひろがってひろがってあかくそまっていく。
あかがわたしにふれる。ぬるいようなつめたいようなあかいみず。
ふくにしみこんであかにそまってく。
しかいがあかくそまってく。
しこうが――コロセ――さだまらない。
どうするべき――コロセ――くろはまだいきてる?
なに――コロセ――わたし――コロセ――ドウシタライイノ?
「あ――、さい――、せっか――さない――にし――に」
めのまえのコロセおんなコロセくろをコロセりょーもコロセみんなコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ――
「コロス」
「やっぱ暴走しちゃったかー」
「あぁあああああああああああ!!!」
「っと」
意識が澄み渡る。
爆発したナニカは私の思いを体現するように暴れまわる。
紅い少女をただ殺すために、本能のままに腕を振るう。
「あぁ、あぁ、あぁあああ!」
壁を、床を、天井を。
自分でもわからないけれど、ひたすらに何かを蹴って跳ぶ。
点と点を結ぶ線の中には必ずクレハがいる。交差するときにいつのまにか鋭利に伸びた爪を振るう。
クレハ私の様子を嗤いながら刀を振るう。
クロの【甲鱗】を切り裂く刃と爪がぶつかるも、指はおろか爪の割れる様子すらない。どころか、刀とぶつかり合うたびにその鋭さは増していた。
「旋風」
彼女を中心に風が荒ぶ。
視界から一瞬で姿を消す。
何も無いところから衝撃が襲う。
見えない刃が体を切り裂く。
「鎌鼬」
「抜刀・弧月」
本能に身を任せて戦っているこちらに対し、彼女の戦い方はどこまでも冷静だった。
こちらの動きを観察し、それに合わせて刀を振るう。
呟きながら千変万化の動きを見せる彼女の技巧は超絶的であり、一方的に攻め立てているはずのこちらが傷を多く負っている。
クレハの肉体に傷らしきものは見当たらない。しかし、彼女の握る得物は違う。
――ガキンッ
また、私の爪と刀がぶつかり合う。
避けられるような攻撃は余裕をもって避けられてしまうが、それでも幾度と無く繰り返される猛攻の中には避けられるものは無く、刀で受け流すという場面があった。
そのたびに、少しずつ刀身に傷がついていく。
「あうぅ、ぅうぅああ!!」
天井を蹴り飛ばし、急降下からの急襲。
左、右と繰り返される双撃を一つは避けて、一つは刀の腹で受け流す。
火花が散る。
「っっっ」
刀の悲鳴が聞こえた。
「ああああああああ!!」
止まらない。
私自身、言うことの聞かないこの体を止めるつもりが無かった。
今は冷静だが、きっと今も湧き続けるナニカをこの肉体は受け取って動き続けていることは確かだ。
内側にいるだれか。今は表にいるだれか。
それは、私の感情の一つ。
クレハが言っていた、怒っている私なんだろう。
「ぁ゛あああ゛!!」
「ぐっ!?」
――バキン
遂に、今までにない手ごたえが腕を伝う。
同時に起こるのは 煌びやかな金属片が舞う光景。
中心部から砕け、刃の先端は弧を描いて宙を飛び、床にからんと音を立てて転がった。
「シネェエエエエエエエ!!!」
得物を失ったクレハへと、私は貫手を放っていた。