風を操るもの
「ハクちゃん大丈夫!?」
「うん、特に外傷はないわ。髪がちょっとだけ切れたぐらい」
「髪は女の子の命だってシャルが言ってたから、十分重傷だよ~」
「もう、今はそんな冗談言ってる場合じゃないでしょ」
「いっつつ。やってくれたわね……」
あの程度で倒れるような相手じゃないっていうのはわかってるけど、鞘を杖代わりにしてクレハが立ち上がった。痛がっている素振りはあるけど、彼女が纏っている殺気は少しも減退していない。
「考え……ば、……の遺伝子使って……らアレぐらいできて……くなかったわね……、使いたくなかったんだけど、……ってられ……か」
小さく呟く彼女の言葉の内容はよくわからなかったけれど、嫌な予感がする。
「リョー」
「うん、わかってる」
合図無く、私は身構える。リョーもクレハから何かを感じたのか、既に油断無く前を見ているようだ。
クレハが一度刀を納めると、白衣のポケットから小さな箱を取り出した。
「解……ード、…………」
先ほどよりも小さな、内緒話をするというよりは自身へと語りかけるように、クレハが唱えた。
プシュ
空気が抜ける音とともに、箱が空く。
瞬間、背筋に何かが走った。
あれはまずい。
何がまずいかはわからないけれど、とにかくまずい。
特にクレハがあの箱の中身を手にするのがまずい。
「リョー!」 気づけば駆け出していた。なに振り構っている場合じゃない、今はともかくあの箱とクレハを遠ざける。
「っ、はぁ!」 駆けた私の背を抜いて三つの水の塊がクレハへと襲い掛かる。
「…………」 まだ何かを唱えているクレハは、しかしリョーの放った水の弾を回避。
「てやぁ!」 回避行動をとった彼女に追従して、箱目掛けて蹴りを出す。だが、それをわかっているように蹴りに逆らわず、回転して流された。
「血を以って、契約とする」 踊るように、腰に提げた刀のツバに手をかけると、ちゃき、という音と共に僅かに刃が姿を現す。その刃にクレハは親指の腹を押し付けて傷をつける。
「はっ!」「えぇい!」 私が水面蹴りを繰り出すのに合わせて、リョーがクレハの胴体に向けて薙ぐ。
「契約者、『モミジ』」 蹴りとリョーの薙ぎ払いがクレハを襲うのと、自身の血に濡れた親指を箱の中へと押し込むのがほぼ同時。
空気が、爆発した。
「「きゃぁ!!」」
気づけば、私は地面を転がっていた。
すぐ傍には同様にリョーも転がっている。
「っ、大丈夫リョー?」
「うん、なんとか」
体に関しては特に問題は無い。だが、先ほどの現象はなんだったのか。そう思ってクレハへと視線を向けて……
「ふぅ……」
そこには、吹き荒れる風を纏うクレハがいた。




