ファーストアタック
「私とクロが前に出る、リョーは援護して」
「うん」「わかった」
それなりに広い室内、三対一という数的有利である状況は悪くない。
またクレハは刀を構えておりリーチが長いけれど、室内という状況は得物を満足に振るえる場所がほぼ中心の位置か壁を背にした状態で正面ぐらいなものだ。
「………………」
正面で見据えるクレハは刀を抜かず、腰に溜めた構えだ。抜刀術というものだろう。クレハがどれほど強いのかはわからない。けれど、簡単にはいかない相手だというのは想像しなくてもわかる。
「オレが先に前に出る。最悪一撃なんてこともあるだろうが、振り抜かせればハクの速さで得物を弾けるはずだ」
「うん。そうしよう」
クロが、半歩前に出る。
「相談事は終わった?」
「あぁ、終わった……ぜ!」
言葉の終わりと共にクロが飛び出す。
私はそれから少し遅れて追従する。
「オラァ!!」 大きく振りかぶられた拳が唸りをあげる。
「隙だらけ」 構えを崩さないままに必殺の一撃を半身で避けた。
「まず、一人」 チャキ、という音が聞こえたのと同時目にも留まらぬ速さで刀が振りぬかれていた。
「ぐ、ぉ……」 無防備にしか見えないクロの肉体を刃が走り、宙に赤が舞う。
「はぁ!!」 しかし、それを気にしている余裕は無い。振りぬいたクレハに向けてナイフを投擲する。
「へぇ、今確実に殺したと思ったんだけど」 当然のように振りぬいた状態から返された刃によってナイフが打ち払われる。
「やぁ!」 だが、それでいい。振り下ろした刀を再度振るうには隙が生まれるはずだ。それを狙って強化された肉体による殴打を仕掛ける。
「ふんっ、吹き飛びなさい!」 だがそれは彼女が逆手に持っていた鞘を振るって拳の勢いは逸らされた。
「うぐッ!」 崩された体勢のまま、わき腹を蹴り飛ばされる。
「ハクちゃん! っやぁ!!」 地面を転がっている私を援護する形で、リョーが何かをしてくれたようだ。
「ちっ」 そのおかげで、クレハが遠ざかる。その隙に体勢を整えて立ち上がった。
「大丈夫、ハクちゃん!?」 いつの間にか近づいてきていたリョー。その周囲には水が浮いていた。
「ええ。それよりもクロは?」 痛むわき腹を押さえて、クレハから視線を外すことなくリョーへと声を掛ける。
「っっ、死んじゃいねぇ。けど、なんだよアレ? 斬られることを見越して【甲鱗】展開してたのに斬られたぞ」
「よくわかんないけど、クロの【甲鱗】を通せるぐらいの威力があったのか、何かしらの能力があるんじゃないかしら」
「それ完全にオレ役立たずじゃねぇか……。っづぅ」
「そういえばさっきクレハが立ち退いたけど、リョーは何をしたの?」
「うん、ボクが展開してた水を弾丸にして面状に放ったんだよ。あの人が蹴り飛ばしたあとにハクちゃんかクロ君に止めをさすかもしれなかったから。そしたら飛びのいてくれたんだ」
「確かに、遠距離からの攻撃に対しては避けて対処が一番ね。助かったわ、リョー」
「うん。それよりもどうする、クロ君はあまり動きすぎると危ないかもしれないけど」
「いや、とりあえずは傷口を塞ぐ。そのあとは出来る限り援護は試みるができても投擲ぐらいだ。すまん」
「わかったわ。それじゃあ私とリョーで前になるけど、さっきのことを考えるとリョーの水による攻撃は結構有効かも」
「それじゃあボクは随時遠距離からの攻撃を行いつつハクちゃんの援護を続けるね」
「お願い」
改めて方針を固め、クロは傷口の治療に専念、リョーは少しだけ前に出つつも引き続き私の援護だ。
今の一瞬でクレハは十分に強い。三人でこれなのだから、もし一人だけでクレハと対峙していたらあっという間に倒されていただろう。そして、殺されていただろう。
「ふぅ……」 息を吐く。自分の中で抑えていた因子の力を引き出していく。それぐらいしても勝てないかもしれない相手だけど、それをしなければ確実に勝てない。
「…………」 リョーを横目で確認すると、無言で弾帯に納められた弾薬型の水入れの蓋を割っていき、水を増やしていった。
身体の中を何かが駆け巡る。
今にも暴れだしそうな衝動を操って、刀を鞘に納め構えたクレハを見据える。
私の姿勢は自然と前かがみになっていき、両脚に力を込めて爆発するための準備を整える。
「いけるよ、ハクちゃん」 リョーの手にはいつの間にか水で作られた先端を尖らせた棒。槍がある。
「行く……わ、よっ!」
脚に溜めていた力が爆発し、床を蹴り、この身は一瞬にして高速の世界へと飛び込んだ。