少女の掌
「紅叉華朱里、ね」
炎の髪をした少女がわらう。
私が知っている朱里の笑みとは違い、そこには蔑むような、嘲笑うかのような印象を受ける笑みだった。
そしてもうひとつ違うのは彼女の姿。別れてからそれなりに経ってはいるけれど、それにしたって今の彼女は私と同じぐらいの身長だった。
「そんな偽名も、名乗っていたかしら」
「じゃあ、あの時の手紙は……」
「当然、偽造に決まっているでしょう」
「でもあの字は、」
「簡単な話よ。記憶を失って兵となっていた【リュウ】は当然、手書きで書類を作る機会は多かったもの。筆跡を真似るのなんて造作もないわ」
「でもどうやって、あの家を見つけたの?」
「それも簡単。自分が作った作品に名前を入れるのは当然でしょう? 加えてその作品は何かあったら何処かに行っちゃう特別製。紛失した時のための保険をかけておくのは常識よね」
つまり、全てが仕組まれていたことなのか。
「とはいえ誤算もあったわ。貴女は私の計画ではあの時に捕まえていた筈なんだもの。予想以上にちゃんと考える頭をしていたのと、想像以上に【対因子部隊】が使えなかったってとこね。お陰でさんざん歩くハメになったし、誘導したり、情報与えたりって子供の体だと大変だったわ。最悪あの姿の時に【リュウ】に出くわしてたらさすがのあたしでも対処しきれないもの」
「その姿も気になるけど、桐峰は此処に来たんでしょう? 何処に行ったの?」
「んー、この姿については教えてあげる。でも、【リュウ】のことは教えてあげない。あたしが急激な成長をしたのはあたしの因子が【スザク】だから。能力は単純、【不老不死】。ま、模倣能力だからデッドコピーの劣化品にアレンジを少し加えたものだけどね。通常の成長においてあたしはヒトよりも遥かに長い尺度で成長する。だけど負った傷を修復する際に細胞の成長を抑制していたキャップが外れて急激な成長を起こすの。つまり、傷の修復を年齢で補うことで瞬間的に回復するという失敗作にも程がある能力ということね」
「でも、傷さえ負わなければずっと同じ肉体のまま……」
「今の肉体はだいたい16から18くらいかしらね」
「朱里……」
「その名はやめて。そうね……クレハよ」
「クレハ……」
くるりとクレハが身を翻す。白衣がなびき、一回転した彼女の手にはいつの間にか刀が握られていた。
「でも、貴女に呼ばれるのはとてもカンに障るの。だからあたしは、貴女を殺す」
さっきまで嘲笑うかのような雰囲気だったクレハの様子が一変、強烈なまでの黒い雰囲気が私に叩きつけられる。これは多分殺気だ。
「ハクちゃん下がって!」「下がってろハク!」
「リョー、クロ……」
「本当に、悪趣味なことしてくれるわ。あのクズが約束を守るなんて思っていなかったけれど、実際にこれを見せつけられると怒りなんて生半可なものじゃないわね。死にたくなって殺したくなる程の屈辱と侮辱よ」
クレハの瞳は、表情は憎悪に染まっている。
それは話してどうにかなるようなものじゃない。抵抗しなければ呆気なく私は殺される。
「いいわ、三人同時に掛かってきなさい。あたしの残った最後の悔いを、この手で清算してあげる」
やるしか、ない。