紅叉華朱里
ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ。
ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ。
歩くと響く、水の音。
下を向いても前も向いても赤がある。
廊下の端には黒づくめや白衣服の肉塊が無造作に転がされており、腕が無いもの、足が無いもの、頭が無いもの、上半身と下半身が離れているもの、肩口からお腹にかけて開かれているものが千差万別にあった。
共通しているのは全員死んでいること。赤い廊下は死で満たされていた。
「こりゃ、鼻にクるな……」
しかめ面をしながらクロは鼻の前に手を被せて臭いを出来る限り遮断するようにしていたけど、それでもやっぱりキツそうだった。
実際、私も強烈な臭いに中てられて少し頭がくらくらする。息を潜めて出来る限り空気を取り込まないようにするのが限界だった。
「そうだ!」
「どうしたの、リョー?」
廊下を歩きながら視界に映る惨劇から目を逸らしていると、リョーが何かを思いついたような声をあげる。
「水を介してなら、臭いを気にしないでいいんじゃないかな?」
「考えとしては悪くないけど、多分それができるのリョーだけよ?」
なにせ、私も恐らくクロも水中で呼吸をしたことがない。
「あ~そっか~。そういえばボクも水の中は水を避けて空気を吸うようにしてたから、ここだと意味がないや」
リョーもそのことに思い至ったのに加えて自分が普段どのように水中で行動をしていたのか思い出したようで、彼女の案は没になった。
「しかしこの感じだと、全滅って感じだな」
「そうだね~。これをキリミネさんがやったんだと考えれば、生き残りはいないんじゃないかな」
「そうなの?」
「ああ。まず【リュウ】に研究所が襲われて無事に済んだところがない。文字通りの壊滅。そこにいた人間は全員殺されたことになってる。【中央】に提出されてる研究データなんかはいいんだが、研究所独自の情報なんかは徹底的に消されてるからデータも全滅だな。あとから後日研究所を調べた【対因子部隊】の報告だと、一言で凄惨だったか……。確かにこいつを見たら納得もんだな」
「っていうことは、桐峰はもうこの研究所からいない可能性もある?」
「可能性が無いとは言い切れんな」
「ともかく~、一回探してみよ?」
「そうね」
リョーの言うとおり、もしかしたらまだ桐峰がいるかもしれない。一日は時間が空いてしまっているけれど、それがいないということには繋がらない。
そうして赤色の背景は変わることなく、廊下端や壁に赤黒くなった物体を通り過ぎていくこと少し。
赤が途切れた。
「ここは……」
「結構奥に来たし、他の部屋に比べてこの部屋だけ少し違うな。となると、研究所の責任者の部屋か」
「入ってみましょう」
「一応何が起こるかわかんねぇし、梯子のときと同様に入るか」
「意義な~し」
そうして、クロが扉の取っ手に手を掛けて開く。
特に何かを言う様子は無く、続いて私、後ろにリョーの順番で部屋へと入った。
部屋の中は無人だ。少し荒れたような印象があるけれど、これまで見てきた部屋とは違い血はなく、死体もなかった。
「あら、いらっしゃい」
「え」
すると、部屋の奥から声が聞こえた。
視線を向ければ、そこには炎を思わせる髪の少女。
「紅叉華、朱里?」
記憶よりも成長した朱里がいた。