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Factor  作者: へるぷみ~
廻る少女は朱に染まれない
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とある青年のお話


 そんなことはない、と言いたかった。

 だけど、言えなかった。


 「少しだけ、時間を置こう」


 桐峰はそう言って部屋を出た。

 私に出来たのは彼を見送るということだけ。

 扉が閉まって彼の姿が消えた。


 「大丈夫、ハクちゃん?」

 「う、ん。どうだろ。大丈夫、じゃないない、かな」


 最初の口火を切ってくれたのはリョーだ。私の手を取ったリョーの手は温かく、そのおかげでどうにか私は声を絞り出せた。

 桐峰が自分の過去を曖昧にとはいえ喋ってくれたのは初めてだ。

 私の記憶にある彼はいつも優しく微笑んでくれた。

 けれど、さっきの彼は笑顔とは程遠い場所にあって、本当に辛そうだった。

 結局のところ、私は桐峰の過去を知らない。

 知っているのは【因子保持者ファクター】であること、【リュウ】と呼ばれていること、研究所を壊滅させようとしていること、大雑把に挙げてもこれぐらいなもので、何でなのかとか、どうしてなのかとか、そういった根源にあるものを何一つ知らなかった。

 桐峰話の中で嬉しかったことは、私とのあの生活が彼にとっても大切なものだったと言ってくれたことだ。あの生活を維持するために彼が私の前からいなくなってしまったこともわかった。だけどその分、私のせいでとも考えることが出来てしまって、胸が苦しくなった。


 「言い方は悪いかも知れんけど、あいつが人殺しだっていうのは否定できねぇな」

 「クロ君」

 「わぁーってるよ。だがな、事実は事実なんだ。今こそオレはキリミネやハクたちと行動してるが、少し前までは敵であることに変わりなかった。正直オレがハクを捕獲しろって命令が無くて、ハクと出会わずそのまま研究室にいたら、いずれはキリミネと相対して殺されてた。もし、の話だけどよ、ありえない話じゃねぇのさ。この世界の闇に浸かっている人間や間接的にでも関わっている人間にとって、【リュウ】という存在はそれほどまでに危険で、実際多くの人間が殺され拠点が壊されてきたんだ」


 肩を竦めて軽く言うような態度をとっているクロだけど、彼の眼差しはどこまでも真剣で、言葉に嘘は感じられなかった。


 「やれやれ、まさかキリミネがあそこまで取り乱すとはね。彼もなんだかんだ、人間だということか」

 「ケヴィン……」


 扉が開く音に振り向くと、そこにはケヴィンがいた。

 彼の態度を察するに、この部屋で起きていたことをどうしてか彼は知っているらしい。


 「ふむ。まぁこれはお節介のひとつとでも思ってもらえるといい。これは独り言だからね」


 立ち尽くす私たちを見回すと、ケヴィンは有無を言わさぬままに一つ咳をする。


 「むかーしむかし、と言ってもそこまで昔の話ではないけれど、とある青年がいました」


 語り口は絵本のように。


 「青年はごく普通の生活を送っていた。シェルターに住み、父母ともに健在だった。青年は幸せというほどの生活ではなかったけれど、不幸せというわけでもなかった。しかしそんな時、彼の人生を変える出来事が起きた。

  黒づくめの集団。フルフェイスを被り、手には小銃が抱えられている。彼らはシェルターの外からやってきた。無論、突然ことにシェルター内はパニックさ。けれど、彼らは抵抗しなかった。いや、抵抗できなかった。なぜなら、シェルター内には自分の身を守るための武器は無いから。あっても精々が肉を切るための包丁などの刃物ぐらいなものだ。当然、威嚇射撃をするだけでシェルター内は支配された。一箇所に集められたシェルターの住人はまず、仕分けされた。基準は年齢。初老以上を迎えているものたちは皆どこかへと連れて行かれ、若い者だけが残される。若者たちは全員、黒づくめの奴らに視界を塞がれてどこかへと連れ去られた。無論、とある青年も一緒に。運が良かったのは、青年だったということか。若すぎて感情を制御できない子供たちは泣き叫んだ。叫ぶと同時に、静かになった。パァンと、泣き声を一蹴する大きな音で。子供たちは一層泣き叫びそうになったが、真っ暗な視界でもその強烈な音と鼻腔を刺激する強烈な臭いは本能的な恐怖を誘い、やがて静かになった。一番酷かったのは女の子だね。どうとは言わないが、尊厳は完全に踏みにじられた。本当に、青年だから何事もなかった。

  彼らが連れて行かれた先はとある研究所だった。目隠しを外されたであろう彼が周囲を見て感じたのは簡単な話、最初に連れて行かれた若者の人数が明らかに減っているということと、女子が少ないってこと。そして変わらず周囲には黒づくめの集団が囲っていて、不用意に動けばどうなるかは一目瞭然だってこと。そうして青年が周囲を観察するしかないままに時間が経って、とある男がやってきた。そしてその男が、青年の未来を決定付けた。

  白衣を纏い、乱雑に伸ばされた髪。不健康な肌の色と視線の先を見ているようで見ていない瞳。青年は一目でわかってしまったんだね。普通じゃない。そして、この状況を生み出した張本人がその男だと。そして、わかってしまったのが不運としかいえなかった。つまり、男を見てしまったから。そして、男に見られてしまったから。

  少し、男の話をしよう。男は研究者だ。しかし、普通の研究者ではなかった。天才、という言い方の先にある頭脳を持ち、そしてそれを活かしきる狂気とも呼べる信念があった。男は人類が好きだ。人類が進化するためならば道徳だとか倫理などという臆病なものを吐いて捨てられる男だ。あらゆる手段、方法、プロセス、とにかくどんなことでもいいから人類がより進化するように研究をする男だった。男が研究する過程には不老不死に関するものも当然あった。そして、当然如く権力を持ち権力を手放したくない人間にとって男の研究というものは喉が出るほどに欲しいものだった。故に、男は法に縛られず、必要な機材も素材も、実験動物にんげんも求めれば手に入れることが出来た。それは単に、人類を進化させるため。そして当然の帰結として、人体に直接何かしらを施すということも行われた。

  話を戻そう。青年は男と出会ってしまった。何を基準としていたのか、青年は直接男の手によって施術されることとなった。施術内容は簡単明白、人間の遺伝子に他生物の遺伝子を組み込めばどうなるのか、だ。無論、これは色々な実験動物にんげんたちが同様の施術をされて良ければ施術中に死に、最悪施術が終わった後に発狂して死んだ。青年も同様に他生物の遺伝子を組み込まれることとなったわけだが、施術を行う人間が最悪だった。男はまず、施術中に対象を殺したことが無い。そして、今回男が使用する遺伝子というのが特別性であるということ。それが、竜の血。存在するはずのない生物の遺伝子をどのようにしてか男は所持していた。そしてそれは、青年に組み込まれる。

  結論から言おう。青年は死んだ。まず、人の身に人ならざる異物を取り込むと同時に肉体が拒否反応を起こして心肺停止して死んだ。男は貴重な竜の血を使用したということもあって青年を廃棄しなかった。ある意味、それが不運だった。早々に廃棄してくれていればよかったのだ。特殊な保存液に青年を保管してから死後の経過観察をして三日後のことだ。なんと、青年は蘇った。意識は無いが、止まっていたはずの心肺は何事も無かったかのように動き出し、酸素が行き渡らずに壊死しているはずの脳は不思議と最初に青年の身体を測定したときよりも若くなり壊死の欠片も見受けられなかった。男は無論狂喜した。何せ初めての試みが最初の一回で成功したのだから。やはり、人類の可能性は素晴らしいと高らかに叫んだ。だがその次の日、青年は死んでいた。昨日にはあんなに動いていた心肺は息を潜め、脈は当然存在しない。しかし男は青年が死んだことを残念だとは思わなかった。何故ならもう一度蘇ると信じていたから。一度は受け入れられたのだから次もいけると、疑わなかった。そして二度目の死から二日後、青年は本当に蘇った。当然、男は当然だと思いながらも狂喜する。意識の無い青年の肉体を調べていく。一度目の復活と二度目の復活に違いはないかと。無論あった。筋組織というのは体外からの刺激に会わせて発達するものだが、青年の筋肉に内臓、血液から髪の毛にいたるまで、そのどれもが最適な状態になっていた。そして衰えない。加えて自然治癒能力も格段に増している。細い針では治癒が早すぎて肉体を貫けないほどには。そして数日後、青年は三度目の死を迎えた。男は確信する。死とは、次なる生への進化であると。死を越え復活するたびに青年は完成されていく。故に、さぁ蘇れ。青年は一週間後に蘇った。死んでいる間、心肺は停止していたがそこには変化があった。まず、酸素を供給できていない状況でも関わらず肉体の衰えが発生していないこと。脳が活動をしていること。仮死状態とか植物状態のようなものだった。蘇った青年は明らかに変わった。肉体の強度が増していることは当然であり、表皮は最初こそ普通の皮膚と考えられていたが、皮だと思われていた部分は極微小の鱗となっており、あらゆる刃物を受け入れず、鱗の隙間からは気流が発生しているということ。つまり、三度目の死によって青年は竜の血に秘められていた竜としての力に目覚めたということだった。そして男によって青年の識別個体を【リュウ】と名づけた。ここまでが、人間だった青年の一生だ。そしてここからが、【リュウ】としての生である。

  まず、【リュウ】は記憶を失っていた。ある意味肉体に何かしらの影響が出ていないということの方がおかしいわけで、記憶喪失というのは予想するにも簡単な症状だった。逆に言えば記憶喪失になったおかげで男の実験はスムースに進んだ。なにせ抵抗されない。茫然自失なっている青年は特に考えることも無く実験が進められ、やがては研究所内で訓練を受けた。人間に比べて遥かに優れている青年の肉体はあらゆる戦闘技術を吸収し、また肉体に備わる【リュウ】としての力もそれに組み込んでいった。特に長い時間も要らずに立派な兵隊の出来上がり。と、ここまではよかったわけで。青年はその頃には男の下で定期的な調査をされるぐらいで、基本的には人間たちの下で生きてきた。

 そしてある日のこと、思い出した。人間だった頃の青年の記憶を。混乱したんだろうね。だけど、顔には出さない。気づかれればどうなるかわからなかったからだろう。【リュウ】としての力のおかげなのか、自身の肉体を操る術を身に着けていた青年は気取られないように過ごした。恐らく、記憶を思い出したとしても青年は何事も無ければ普通にその中で生きていたんだろうね。だけど、それは無理な話だった。あるシェルターへと向かったときだ。自分の記憶の中にある通り、彼は黒づくめの集団の部隊に混じって行動していた。恐怖で支配し、仕分けして、若者を運ぶ。それだけなら良かったが、目にしてしまったのだ。まず、仕分けされた大人たち。初老を迎えた男性は全員殺された。フルフェイスのため彼らの表情一つ一つはわからなかったが、フルフェイス内に備え付けられている無線は全員に聞こえるようになっていた。地獄だったらしい。嘲笑嘲笑、撃たれる人を彼らは楽しんでいた。次に聞こえたのは下劣な声。視線を動かせば女性が組み伏せられている。泣き叫ぶ姿もスパイスになっているのか、彼らにとってそれは娯楽だったわけだ。つまりそれは、青年が住んでいたシェルターでも行われていた可能性があるというわけで。逃げるように、若者たちが運ばれた場所へと青年は向かった。青年は【リュウ】ということもあって身分が特殊だったから、そっちに合流することに違和感は抱かれなかった。そして運ぶ最中、子供が泣き叫ぶ。子供を監視していた一人が舌打ちをしたかと思えば、パァン。手に持った拳銃で泣いた子供撃ち殺した。つまり、青年があの時聴いた音はそういうわけだった。そして次に起こるのは、何人かの黒づくめが品定めするように女子たちを囲み、連れ出していく。無線越しに聞こえたのはまぁ多分、そのまま品定めをした感想だったというわけだ。青年はそこから先をしばらく思い出せないらしい。ただ、頭の中で何かが弾けたようでね。気づいたときには目の前には煙を上げて転がっている真っ黒な塊に、真っ赤に染まった地面と細切れになった肉片。

  そうして、青年の復讐譚が始まるのでした。というところでお終いとしよう」


 正直、聴いてよかったのかと思った。

 ケヴィンは一言も名指しをしなかったけれど、彼の話であるということは考えなくてもわかる。

 とても言いがたい何かが、胸の奥で渦巻く。


 「ちょっとキミたちに聞かせるにはよくないことを喋りすぎた。調子に乗ると喋りすぎるのはボクの反省すべきところだったね。

  ともかく、青年の話はコレで終わりにするとしよう。ボクとしては忘れてもらいたいんだけど、まぁ多分そうはいかないだろうね。でも、これだけは伝えておこう」


 そんな私の様子かクロやリョーの様子を感じ取ったのか、ケヴィンは指を立てた。

 決して暗い雰囲気にはさせないように、という声音で彼は喋る。


 「復讐に燃える青年はある日、とある少女に出会いました。真っ白な肌に真っ白な髪をもつ少女にです。その時、青年の中で燃えていた復讐という炎は確かに消えたのです。どうして消えたのかはわかりませんが、それはきっと青年の人間としての心がまだ残っていたからなんでしょう。ってね」


 ケヴィンはそう言って、部屋を出て行くのだった。



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