彼の独白
「そうか」
桐峰は、一つ呟いた。
「僕は多分、柏との生活が無くなってしまうことを恐れていたのか」
眼の焦点は私を捉えているようで、その言葉を向けられているのは自分に対してだ。
「柏との生活は、僕が今まで生きてきた中でもとても穏やかで、とても落ち着いていた」
桐峰は目を伏せる。
「柏と出会う前の僕は、何よりも研究所が、研究者たちが憎かった。そのために、自分の持てる力を使って手当たり次第に壊していた。壊すということを考えて、ただひたすらに」
彼の口から紡がれるのは私の知らない話。
「柏との出会いは、突然だった。【中央】を除いて大きな研究所は全部で4つ。それぞれがそれぞれ四方に分かれているということまでは判っていたけれど、特定するのは困難な中、唯一わかったのが西の研究所だった。無論、わかった以上は破壊する。
そんな中だ、破壊する中で頼まれた。救ってほしい子がいると。無視しても別に良かった。けれど、無視できなかった。場所とセキュリティを教えてもらった。そこで、白い少女に出会った。それが、柏だ」
桐峰が私を見た。その表情は、柔らかな笑顔だけれど悲しそうな、寂しそうな笑顔。
「一目でわかった。この子は髪も肌も、心も真っ白な子なんだと。世界を知らず、見渡す限り真っ白な部屋を生きる少女だと。確信できたことは、この少女には幸せになる権利がある。自分の意志で生きる権利がある。笑顔というのは意識したことは無いけれど、目の前の真っ白な少女を思えば自然と笑えた。この子の為に何かをしてあげよう。この子が幸せに生きられるために。
思えば、それは逆だったんだろうね。あの家で柏と過ごす時間はとても穏やかで、それまでずっと抱いていた研究所を破壊するという目的を忘れてしまうぐらいには、僕はあの時間が大切なものになっていた。
だけどある日、焦りのようなものが僕の中から湧いて来た。最初は小さなもの。それは日が経つにつれ、柏との時間が大切になっていくに連れて大きくなっていった。世界にはまだ研究所が多く残っている。今もなお、柏のような子達が生まれ、死んでいる。もしかしたら、いつの日かこの日常を壊されるんじゃないか。そんな不安を抱くようになった。
それから、だね。最初は柏が寝ている間に。研究所について調べ、小さくとも見つけた研究所は一つ残らず破壊していった。最初こそ近い場所からだった。だけど近くの研究所を破壊すればするほどに、焦りと不安が大きくなった。こんな末端を潰したぐらいじゃ少しも痛みは無い。それなら次は……それならって。規模は大きく、時間は長く、いつの間にか柏との時間を考えている自分はいなくなっていたんだ。結局、柏との時間を大切にしていたなんて思っても、最後には自分から捨ててしまったんだ、僕は。
ありがとうなんて言葉、荷が勝ちすぎている。
僕はただの、人殺しだ」