白い少女の切なる想い
よくよく考えてみれば、桐峰とトレーニングするのは凄く久しぶりだった。
一応、少し前に出会ったラグナスと3日間ほぼぶっ続けでそれっぽいことをしたけれどまずそこまで考えが巡っていなかったために今思い返してみればという感じだ。
そんな感じでケヴィンが用意していた運動着を着て、トレーニング用の部屋に来ていた。
「さて、早速始めようか……と思ったんだけれど」
「どうしたの?」
「僕らは【因子保持者】なわけで、確かに肉体の強靭さという部分でいえば自分の肉体を武器にするというのは間違っていない。しかし、自分の肉体だけで出来ることには限度がある」
「オレの場合は【甲鱗】があるから、正直に下手な道具を使うぐらいなら殴ったほうが早いんだけどな」
「そうだね。しかしその分、欠点もある。例えば関節を狙われたときや最悪負傷してしまったときだ。僕らは自然回復力も高いから少し時間をあければ多少の傷程度なら治る。だけど欠損してしまったらそこから生えてくることはないし、複雑な部位や器官を傷つければそれだけ回復には時間が掛かる。実戦での負傷はその間中は響くだろうね」
「まぁ、そりゃ確かにな」
「加えて、遠距離からの攻撃に対してもあまり有利を取れない。今のところなら【対因子部隊】が使用している小銃ぐらいなものだけれど、今後敵対することになるだろう【因子保持者】の中には遠距離攻撃を主体としたタイプだって現れるだろう。そういったときに近づいて打倒するというのは非常に難しい。だから今のうちにそういったものの対策や手札を増やすというのは悪くない。というわけで、短い期間でしかないけれどトレーニングを行う。
手始めに、三人の【因子保持者】としての能力を確認してみようか。リョーカの場合は初めてになるね」
「そういえばボク、皆にちゃんと説明してなかったね~。それにクロ君やハクちゃんについてもあんま気にしてなかったや」
「そこは気にしておけよ……」
「それなら、最初はリョーカにしようか」
「は~い」
桐峰の言葉が終わると、それぞれの自己紹介にも近いことをすることになった。でも確かに、橋での出来事から一度も争いごとは無かったから、お互いにそういった話題にもならなくて話していなかった。
私たちの視線がリョーに集まる。
「では改めまして、ボクは【セイリュウ】。能力は端的にいえば【竜鱗】と【水流操作】っていうのかな? 【竜鱗】は肌を硬くするんだ。欠点としては意識しないと発動しなくて、顎の下のところだけ他の【竜鱗】に比べると柔らかいかな~って感じ。【水流操作】っていったけれどボクの場合は自分の身の周辺にある程度の水があったらそれを自由に使えるってことかな。水中なんかでは息のする部分の水を除けたり動くのに邪魔にならないように出来るし、あまり大きなのは難しいけど水を発射することができるよ。ただこれやると疲れちゃうんだよね~。こんなものかな?」
初めて聞いたけれど、結構凄い気がする。
というよりも、クロの【甲鱗】よりもリョーの【竜鱗】の方が便利なのではなかろうか。
それに【水流操作】というのも、中々に便利だ。水を扱えるというだけで私には出来ないことだし、さっき桐峰が言っていた遠距離攻撃を持つ【因子保持者】という部分でリョーは該当している。
「そうか、【セイリュウ】は青い竜だから青=水というコンセプトにして【水流操作】ということか。そして【竜鱗】は竜の逆鱗を模す為にデッドコピーになったのか、結果的なデッドコピーとして逆鱗が生まれているということか」
「なぁなぁ、これってもしかしなくてもオレの【甲鱗】の上位版ってことじゃね?」
「う~ん、どうなんだろ。ボクの場合【竜鱗】の強度がどれぐらいかなんて知らないし、やっぱり弱点あるしな~」
「それ、オレにとっては全然弱点に感じねぇ……」
どうやら、クロも感づいているらしい。実際問題彼の【甲鱗】は自分が意識した部分にしか発動しない上に、関節なんかに使ってしまったらその部位を動かせなくるらしい。【竜鱗】にはそういった欠点はないようなので、強度云々によってはクロが可哀想なことになりそうだ。
「じゃあ丁度いいし、次はクロにしよう」
「このあとってメッチャやりづれぇ。
オレは【ゲンブ】。能力はまぁ【甲鱗】だ。あとは、まぁ力が強いか。【甲鱗】に関しては自分の意識した部位に展開できて、その部分は頑丈になる。一応銃弾とか喰らっても大丈夫だな。弱点は……さっきもいったが意識しないと発動しない。それに、皮膚を硬質化させる影響なのか関節部分に使えばその部分が動かなくなる。いい例として挙げんなら自分が認識できない攻撃なんかは【甲鱗】が展開できねぇから普通に喰らうってとこだな」
「クロは逆に考えれば利点と欠点がはっきりしているからトレーニングのしがいがあるといえばあるね」
「嫌な笑顔だぜ」
「でもクロ君って【ゲンブ】って名前がついてるってことはボクみたいなのと同じなんだよね」
「そーですね。まぁ研究者の質の差だろ。あとはアレだ、あそこの研究所にとって【因子保持者】っつうのは基本的に実験動物なんだよ。だからオレも【ゲンブ】なんて名づけられちゃいただろうが実験動物ってことに変わりはねぇってことだろ」
「そ~ゆ~ものなの?」
「そーゆーもんだ。っつぅかリョーカが珍しいんだよ。あの研究所、実際問題あの女しかいないんだろ?」
「あ、気づいちゃった?」
「普通は気づく。つまるところ一人でオマエを作ったあの女はオレんところ研究者とは比較できないレベルってわけだ」
そういえばあまりに静かだとは思っていたけれど、あの研究所にはシャルロッテさんしかいなかったからなのか。私が見れた場所は少ないけれど、あれだけの広さの場所に一人だけというのは凄くつらいのではないのだろうか。
「あぁー、話が逸れちまった。ほれ、次はハクだろ」
「うん」
後頭部をガリガリとクロは掻くと、話を切って私に向けた。
「私は……【ビャッコ】。能力は……わからない。けど、なんか速くなるのと、引っ掻く時に爪の鋭さが増してるかな。あと体が軽くなる感じがして、動きやすいかも。その分疲れやすくて、強く【ビャッコ】の力を出そうとすると私の意志で動かなくなる。ぐらいかな」
「そういえばあんま意識してなかったけど、研究所の奴はハクのことを捕まえてこいとか言ってたな」
「私も初対面のクロにいきなり捕まえるみたいなこと言われて襲われたけど、意味がわからなかった」
「二人とも随分衝撃的な出会いだったんだね~」
「それに関してはいきなり詰め寄ってきたリョーもあまり変わらないと思う」
「え~、ハクちゃん酷いよ~」
いや、衝撃の度合いならリョーの方が強い。クロの場合は戸惑いとか焦りみたいなものが優先されていて状況の打破に意識が向いていた。その分急に出会って急に仲良く?なって、急に手を引かれて市場を歩いたのだから印象も強くはなろうものだった。
「あれ、でもハクちゃんもボクやクロ君と同じってこと?」
「うん、多分だけど」
「それに関しては僕から補足を入れよう。正直、柏に話さなかったのは僕本人のわがままで、柏には出来る限り知って欲しくなかったからだ。柏、すまない」
「桐峰?」
私に謝った桐峰は一つ大きく息を吸って、吐いた。
その表情は真面目なもので、その視線は私に向けられていた。
「いまリョーカが疑問を持ったように、柏は西の研究所にいた【因子保持者】だ。昔に僕がそこの研究所を壊滅させたときに救ったのが柏でね。研究所の考えとしてなのか、柏にはまず意志を持たせないまま生きていた。いや、生かされていたというのが正しいかもしれない。そんな折に彼女を助けた。無論、リョーカやクロのように生きて過ごしていたわけではないから僕たちの世界を知らない。だから、こんな醜い世界を知ってしまうぐらいなら知らないままでいて欲しかった。ケヴィンの隠れ家へ定期的に行っていたのは柏の容態が正常化を調べるためでもあり、僕の目的である研究所の破壊をするための協力者が彼だったから。そして、柏が世界の闇を知るよりも早く消すために行動をしていたんだけれど……。結果的には、巻き込んでしまった」
最後に一言、桐峰は私にすまない、と謝った。
「んー、まぁオレとしちゃそこらへんはよくわかんねぇけど。無事に生きてるってことが大事だと思うぜ」
「ボクとしてはハクちゃんがずっとこっち側知らなかったら出会えなかったからな~。キリミネさんにはちょっと申し訳ないけれど、これでよかったかな~って」
最初に口を開いたのはクロだ。その言葉には別に気にすんなよという気持ちが感じられた。
リョーは私に抱きつく。確かに、私が山の家にずっと住んでいたらおそらく一生リョーと出会うことはなかっただろう。
「桐峰、私が一つだけ許せないことがある」
「なんだい?」
「私は、桐峰と一緒ならそれでよかった。あの家で、桐峰と過ごせたらそれでよかった」
「………………」
「ある日いきなり私の前からいなくなってしまったとき、私は辛かった。あの日ほど悲しくて、辛くて、泣いた日はない」
「すまない」
「私があの家を出るきっかけになったのは紅叉華朱里という少女が家にやってきたから」
思えば、それが私の人生における三度目の転機ともいえた。
一度目は白い世界から出たとき。
二度目は桐峰が私の前からいなくなったとき。
「今思えばあの家に無事でやってきたことを疑問におもうべきだったのかもしれないけれど、彼女がいった桐峰という言葉で私の頭は一杯になった。それがあの少女の狙いだったのだろうけど、私にとってはそれは求めていたものだったから。私にとって、それだけ桐峰は大切だったの」
依存している、というのはわかっていた。
本を読んでいくうちに身に着いた知識や考えかた、最初から頭の中にあったよくわからない知識も、時間が経っていくうちにだんだんとわかるようになった。それだけに、私にとってあの世界から救い出してくれた桐峰という存在は決していなくなってはいけないものだった。
「自分の意志ではないけれど、私は家が無くなるのと同時に家を出た。どこに行けばいいかもわからなかったけれど、それでも生きていれば桐峰に会えると思って。そうして、少しだけ世界のことを見た」
世界が本当に広いということ。
見渡す限りの荒野、朽ちた建物。
シェルターに生きる人たち。
「それは多分、桐峰がずっと一緒だったら見れなくて知らないもの。私は多分一生桐峰がいなくなってしまった日のことを覚えているけれど、あの日が無ければ私は一生世界を知らないままだった。だから私は桐峰がいなくなったことを許せないけれど、いま私がここにいるのは桐峰のおかげなんだと思う。だからね、こうも言いたいの」
桐峰を見つめて。
「ありがとう、桐峰」
私はそう言った。