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「シャルロッテさん、貴女が提供してくれた情報やこの研究所については把握しました。貴女が望むとおり、この研究所を壊すことはしません」
「そう、ですか」
いつのまにか部屋に入っていた桐峰のことに少し驚いたけれど、私は驚くですんでいた。
対してシャルロッテさんは少し緊張した面持ちで彼のことを見ていたけれど、すぐの発現のおかげか安堵した表情を浮かべていた。
桐峰はクロの方を少しだけ一瞥すると、シャルロッテさんのほうへ向き直る。
「最後のほうだけしか聞こえなかったけれど、クロを【中央】の設備で治療しなければいけないんだろう? それなら、僕が連れて行こう。一応聞きたいんだけど、時間は?」
「そうですね……。今すぐどうこうというわけではないです。最低でも1ヶ月は保障できますが、最終的にはクロ君の意志の力が毒に対抗するためには必要ですから」
つまり、短くてもクロの命はそれだけしかない。
だが、当の本人であるクロは変わらず肩を竦める。
「それに関しては大丈夫だ。オレとしちゃあ無事な体で無事に死にたいしな。それに普段から眠いってだけっていうぐらいでだるけとかないし」
「いや、眠いのが駄目なんでしょ……」
元々睡眠だとかが好きだと言う彼としては、毒の症状として現れているのが眠気というぐらいでそこまで違和感がなかったのだろう。実際、山道を歩いていたときや戦闘のときに眠気を思わせる態度を見せたことはほとんどない。
「この毒は先ほどをいったように遅効性のものです。そしてクロ君が【因子保持者】であるということを見越した上でこのタイプの毒を作ったんでしょう。普通の人間に比べれば遥かに高い免疫力は緊急時において最も発揮されます。恐らくは力を使っているときや運動をしているときなんかは毒の効力はほとんど感じていないはず」
「まぁたしかに、ぼーっとしてるとすぐに眠くなってくることがあるぐらいでそれ以外は特に何も無いな……」
「ただここで気をつけて欲しいのは、【因子保持者】としての力を使い続けるというのを私は推奨しません。いくら私たち研究者が生み出した生命とはいえ、人間を超えている【因子保持者】には未知の部分がほとんどなんです。過ぎたる力を人が扱うということを、考えて欲しいんです」
「でも、既に【因子保持者】である私たちにとって人間にとっての過ぎたる力は自らの一部になってる」
「それは……」
確かに、力に振り回されている私が言うのもなんだけど、そもそも私はそういう風に生まれてきたのだ。自分の一部を使うなと言われて納得はできるけれど承服はできない。ただこの私の考えは人間としての考えではないような、気がする。
「話を少し整理しようか。
まず、僕はこの研究所を壊さない。その代わりとして今後も協力して欲しい。
次に、クロの治療が必要だ。そのためには【中央】に向かう必要がある。
そして最後に、今の僕たちでは【中央】に行くためには少々力不足だ」
「そうですね。【中央】への協力は惜しみませんが、この研究所でできることは限られています。なので――リョーカ」
「ん~、ふぇ!? はいはい、なんでしょ~」
自分は話についていけないと本能的に察したからなのか、飽きたからなのか、いつのまにか寝ていたリョーが飛び上がる。話の内容はもちろん知っているわけもなく、呼んだ本人であるシャルロッテさんへ反射的に向き直っただけだ。
「リョーカ、貴女はこれから桐峰さん、柏さん、クロ君についていって手助けして欲しいの」
「え、いいの~!?」
「ええ、貴女の世界はこの研究所にシェルター周りだけだわ。だから、世界を見てきなさい」
「そ、それは助かるんですけど湖の方は大丈夫なんですか?」
「あ、そ~だった!」
まさかのシャルロッテさんの申し出に喜ぶリョーだけど、そのためには問題が残っている。
シェルターに沿う湖における漁の護衛をしていたリョーがいなくなってしまうというのは聞けんじゃないのかと。
だけどシャルロッテさんはそれに対しての対応もできているという表情でうなずく。
「それに関しては問題ないわ。詳細は省くけれど、リョーカを護衛につかせていたのは人付き合いの練習のようなものだったから」
「そ~だったんだ~」
「だから安心していいわ。それに、子の旅立ちを喜ばない親はいないでしょう?」
そういったシャルロッテさんがリョーカを見つめる目は、私の知らない眼差しで、だけどとても優しいものだった。




