爆弾と毒
「ひとまず結論から言わせても貰います。
この研究所の設備ではクロ君の治療を行うことができません。本当に、ごめんなさい」
「そうっすか」
クロの検査が終わって、寝台のある部屋には私、クロ、リョー、シャルロッテさんがいた。
シャルロッテさんは板状で持ち運びの可能なモニタへと目を向けては指を躍らせては目が右から左へと忙しなく動いている。そしてある程度モニタを眺めたところで面あげて先の言葉を告げた。
対して寝台に座ったままのクロは特に気にした風ではないといった様子で頷く。
「言い訳となってしまうのが悔しいのだけれど、クロ君が爆弾といっていたものの正体はわかったの。わかったからこそ、取り除くことが出来ないとわかってしまったのだけれど」
「その言い方だと、まるで爆弾じゃなかったように聞こえますが……」
シャルロッテさんの含みのある言葉に、思わず口が出てしまった。
このことはクロの問題であるのだけれど、少しは命のやり取りなどをしたために気になってしまった。
だけど私の言葉に対してクロは特に言及せず、質問を受けたシャルロッテさんは眼鏡の位置を整える。
「ええ、確かに彼の心臓には心臓が埋め込まれているわ。これは幸いにも起動条件が対象の心拍数が止まって3秒後に起爆するもので遠隔操作は出来ない仕組みになっているわ。柏さんから私が勝手に聞きだしたことだから情報を教えた柏さんを責めないで欲しいのだけれど、クロ君は生まれた研究所にとってリョーカのような立場だったというのは確か?」
「えぇ、まぁ。青髪が【セイリュウ】なら、オレは【ゲンブ】と呼ばれてた。あいつ等にとってはオレも実験動物だったが、今までは一番の出来みたいだったからな」
「【玄武】ね……。ということは北の研究所のことね」
「知ってるのか?」
「一応、研究所は決められた一定の周期で自分たちの研究成果を発表したりすることがあるのよ。それで東西南北における最も大きな研究所に課せられたのが【四神シリーズ】を生み出すということ」
「四神シリーズ?」
「言葉通りの意味になるわ。それぞれの方角を守護する聖獣を模した【因子保持者】を生み出すということね。北は【玄武】、東が【青龍】、南の【朱雀】、西に【白虎】といった感じよ。それぞれの研究所は【因子保持者】を生み出す際に設けられた制限は名を表す生物の因子を必ず入れること、逸話や神話におけるものからそれにできる限り沿わせた能力にすること。例えばリョーカは【青龍】を模したの。基礎の因子は【龍】。あとは青という言葉から水を連想して水を操ることや水中での行動に支障が無いというもの、龍の鱗……【龍鱗】を模した装甲なんかをコンセプトにしているわ。ほとんどの研究者にとって【因子保持者】とは自分の研究の集大成で、作品のようなものだから強くしたいというのは職業病みたいなものね。他の研究所に研究成果を盗まれるのも嫌だから自ずと研究情報は隠蔽されていたのだけれど。
あぁ、ごめんなさいついつい関係のない話をしてしまったわ。クロ君の話に戻しましょうか」
シャルロッテさんの話は聞きたいことが多くあったけれど、言葉を切ったように今すぐ必要な話ではない。ポンと手を叩いて空気を変える。
「とりあえずだけれど、クロ君の爆弾はクロ君が死なない限り爆発することはありません。ここよりも優れた施設をもつ研究所などであれば特に難しくなく取り除くことはできるでしょう」
「良かった」
「ですが、今回の検査でもう一つ判明したことがあります」
「え?」
ホッと胸を撫で下ろすのもつかの間、新たな問題が発生したと暗にシャルロッテさんは言った。
「クロ君には常に毒性物質が発生しています。クロ君は、よく眠くなりやすいんですよね?」
「あぁ、まぁそうだけど……」
毒。
突然の言葉にクロも知らなかったのか戸惑いが出ていた。
そして睡眠という単語。関係しているであろうことは伝えられずともわかる。
「クロ君に発生し続けている毒性物質は急速な死をもたらすものではありません。しかしその特徴として体のだるけや思考低下などが発生し、末期症状になれば思考はほぼ停止、肉体も動かなくなり最後は眠るように死にます」
「マジか……」
「これは幸いと申すべきなのか、クロ君が【因子保持者】ということもあるのか肉体にある程度の免疫ができています。しかしそれも症状を抑えるというもので、根本的な解決には至っておらず肉体への見えない負荷を恐らくですが眠るという行為で回復させているのでしょう」
「知りたくなかった新事実……」
シャルロッテさんの宣告に空を仰ぐクロ。それでも態度こそショックという感じだが深刻な感じが感じられないのはクロ特有というべきなのだろうか。
「正直この毒を考えた人の思考は普通とは感じないわ。だって最初から生かすつもりなんて無くて、使い捨ての駒と変わらない」
「まぁ実際オレはそんな立場でしたからねぇ」
あっけらかんとクロは言うが、それは普通のことじゃないことぐらい私にもわかる。生きている命を命として扱っていない。良くても道具で消耗品だ。
「毒を取り除くことは?」
「それも……ごめんなさい、出来ない。毒の正体というか効果はわかったけれどこれを解毒するのは毒を造った本人ぐらいなものよ。下手に私が手を出せばどんな反応を示してしまうのかわからない。最悪死んでしまう」
「作った本人もわからず、と」
「そうね。【中央】ならどうにかできるかもしれないけれど……」
「そういえば、【セントラル】って?」
「中央を指す言葉ね。東西南北の研究所の中心に位置してて、極論今の世の中を裏で動かしている大元よ。設備も人員も情報も最高レベルで揃ってるわ。あの【中央】で出来ないことはどの研究所でもできないぐらいに」
「ならそこへ行けば」
「期待させるようで申し訳ないけれど不可能よ。警備はどの研究室よりも高いのは必然、【対因子部隊】のみならず【因子保持者】を調教して兵として運用している。権力のある内通者でもいない限り侵入なんてできないし制圧するなんて夢のまた夢よ」
言い切るシャルロッテさん。その瞳に嘘は無い。
研究者という人たちはよくわからない。だけど、人間に近くて人間じゃない私たちを生み出すことのできる人たちというのは確かで、目の前にいるシャルロッテさんもそうだ。そしてその人が無理というからには無理なのだろう。
それでも――
「――僕としては最終目的が【中央】なんだ。結果を得る過程で多少することが増えるぐらいなら問題ないさ」
「「桐峰」さん」
振り向けば、桐峰が部屋に入ってきていた。