お酒、用法容量にはご注意を
漁港にいた漁師と思しき人々と話しているうちに、夜になった。
このシェルターの人たちは皆気さくで、こちらの質問にも気前よく答えてくれたし、泊まるための宿も紹介してくれた。本来居住区が定められているシェルターに宿があるのは湖周辺のシェルターからやってきた人たち……主に商人が利用していて、シェルター間の移動は漁が行われない日の一回だけというのが理由らしい。基本的に揚がった新鮮な魚を買い付けて、翌日に別のシェルターへと移動する。というのを繰り返しているため実質的に定住している場所はないらしい。
無論商人たちが扱っているのは魚だけではない。農作物や食器、娯楽品の類も扱ってはいるが持ち運べても個人のレベルなために広く浅くという人か1つのカテゴリーに絞って色んなものを売る商人で分かれているようだ。当然商人たちはお互いが顔見知り以上の関係がほとんどなため互いに価格の帳尻を合わせるための談義や新人が参入してきたときにはノウハウや暗黙の了解というのを酒の席で教えるらしい。
ちなみに商人の内情は泊まった宿屋が食堂になっていたために夕食の時間が重なった商人さんたちが赤ら顔で気分良く聞かせてくれた。お酒は飲まないけれど、飲むと楽しい気持ちになっているのは彼らの様子を見てもわかった。
というよりは――
「少しほわほわすう」
「酔ってんな、こりゃ」
「【因子保持者】は五感が優れてるから……お酒の匂いに当てられちゃったんだろうね」
ちょっと、目の前がふらついていた。顔が熱い。思考は鈍いような、冴え渡っているような、不思議な感覚。鼻腔をくすぐる独特な香りを吸い込むと、一層気持ちが高ぶってくる。
けれど、ちょっと身体は気だるくて、体が上手く動かない。
「柏、水を飲んで。器は僕が支えているから」
「ん」
隣に座っている桐峰が、木の器に入れられた水を差し出してくれるからそれを口にする。
喉を通る冷たい感触が気持ちいい。
ゆっくりと傾けられる器。口に流れ込んでくる水を飲むと、口の端から少しこぼれて顎を伝っていく。ひやりとしたものが体を撫でて、ゾワッとした。でも嫌いな感じじゃない。熱くなった体を冷やすソレは気持ち良かった。
「気分はどうだい?」
「ん、少し」
「飯も食ったし、酒の匂いで酔っちまうお子様はもう寝たほうがいいかもな」
「む」
からかく口調で話すクロ。
ちょっとかちんときた。
だから私は、ちょうど後ろを通ろうとしていた人がお酒の匂いをした鉄製の杯を盆に載せて運んでいたものの一つを奪い、そのままクロの口へと叩き込む。しゅーと。
「くらえ」
「むぐ!? んんんんんんんん!!!?」
杯を口に叩き込むと、目を白黒させたクロは杯を押さえつけられたこともあって中身を飲んでいってしまう。口の端々からは赤紫の液体が飛び散っている。
「おぉ、なんだなんだ兄ちゃん豪快じゃねぇか!」
「嬢ちゃんも中々剛毅だねぇ!」
その様子を見ていた商人たちが飲め飲め囃子立てるがどうでもいい。
やがて杯の中身が無くなったからなのか、クロが強引に杯を口から吐き出した。
「て、てめぇ何しやがる!」
「ふん」
「柏、人に一気の飲みを強要するのはよくないよ」
「つぅーかキリミネ、オマエも止められたんだから止めろよ!!」
「いや、柏が人より多少力が強いっていってもクロなら抵抗するのは難しくないし、それに強引に止めたらお酒が零れてもったいないからね。それにクロ、君だってお酒を飲むのもやぶさかではなかっただろう?」
「ぬぐ、それはまぁ……そうだけどよ。つーか、アンタもちゃっかり飲んでんのかよ……」
「はは、まぁたまにはね。お酒は基本的に体温を上げるためかケヴィンと飲むぐらいだから、こうして飲むことを目的とするのは久々なんだ」
気づけば、桐峰の前にはさっきクロに叩き込んだのと同じ杯に同じ色のお酒があった。ほんのりとだが、彼の頬は赤い。
その様子をみていた数人の商人の人たちが席を近づけてきた。
「おぉ、そっちの優にーちゃんも飲める口かい?」
「だったら俺らと飲もうじゃないか!」
「そうそう、酒は一人で飲むのも悪かねぇが、バカ騒ぎして飲むのだっていいもんだぜ」
「ではお言葉に甘えて。その前に、この子を部屋に連れて行っても?」
「おう、構わん。ガキにゃ大人の愚痴聞かせるもんじゃねぇ。教育にもわりいしな」
「何言ってんだおまえ、単に猥談してだけだろぉ!」
「うっせ、それよりもそっちのアンちゃんはにがさねぇぞ。潰れるまでは付き合ってもらうかんな!」
「うえ、とばっちりかよ……」
「それでは一旦、失礼します」
「おう」「すぐ帰ってこいよ~」「今夜は楽しくなりそうだな!」
「もうすぐ部屋に着くからね」
「ん、んぅ」
気づけば、私は桐峰に抱かれていた。
ぼやけた視界、ゆっくりと廊下を運ばれていく。
考えてみれば、この抱かれ方をするのは凄く久しぶりな気がした。
本を読んで後から知ったが、これはお姫様抱っこだ。何でも、女の子の憧れの抱かれ方らしい。
実際私はこの抱かれ方が好きだ。近くで桐峰のことを感じることができる。それに、彼の鼓動を聞くことができる。
「さぁ、着いたよ」
扉が開かれて、ベッドの上に横たえられる。
感じていた温もりが去ってしまい、ベッドの弾力と冷たさが少しずつ体を侵していく。
温もりが名残惜しくて、彼の腕を掴む。
「大丈夫、安心して」
薄くなっていく視界には、優しい笑顔がある。
頭には温かな手を感じる。
桐峰の言葉に導かれるように、私の意識は深く沈んだ。