少年の特別授業3
「猪突猛進が通じるのは格下の相手だけです。今この瞬間において貴女の全ての攻撃に意味はありません。もっと工夫をしなさい」
「ぐっ」
「貴女の攻撃は良くも悪くも素直です。ですがそれだけでやっていけるほど貴女が戦おうとしている相手は甘くありません。時には搦め手を用いることを考えなさい」
「がっ」
「攻撃が両手からしか繰り出されていないのは自ずから選択肢を削っているのと同義です。上半身、下半身、全身を使いなさい。それではせっかくの瞬発力も死んでいます」
「づぁ」
お昼を過ぎてから私とラグナスは組み手をしていた。といっても仕掛けているのは私一人で転がっているのも私だけ。ラグナスは自ら仕掛けることもなく、動きはするがその動きも最小限のものだった。だというのに私の攻め手は全てラグナスにあしらわれてしまっている。
既に体中は土ぼこりに塗れ、汗が服に張り付いてしまっているのにラグナスは汗一つ掻いていなかった。
何度も続けてわかったことだが、ラグナスが常に所持している扇子はただ扇ぐためだけのものではなかった。何でも『ぼくに触れると死んでしまうので、そのために扇子で代用しているんですよ』とかなんとか。その分扇はとても丈夫なつくりで、叩かれ受け流されているだけでも体の所々が痛みで熱を持っていた。
「ほら、今は考えるときではありません。判断するときです。一瞬が全てを決める場で、悠長にしていられる時間はないですよ」
「わかって……る!」
倒れていた体を跳ね起こし、脇目も振らずにまた突貫。
「ほら、また直線になってますよ。なんだか躾みたいですね」
「まだまだ」
「意気込みはいいですね。途中でへばらず、最低でも一つは進歩してください」
「あぁあああ!」
少し気合を入れればさっきまで抑えていた衝動が一瞬にして溢れた。意識が薄く、先ほどまでは全身を廻っていた力がスーッと遠のいていき、あっという間に体の制御ができなくなった。
「ふむ、自我を維持できなくなりましたか。さてここからが本番ですよ、柏さん。
そのじゃじゃ馬を見事飼いならすのです。諦観はもっとも己の成長を阻害する要因です。やってみせると、それだけを今は考えなさい」
第三者の視点とでもいうべきか、そんな中でラグナスは変わらず喋る。
獣の如き唸りを上げるを私の身体はそれこそ先ほどまで私がやっていた特攻。制御を失う前まででは考えられない速さでラグナスへと迫る。
「獣とはいえ、フェイントをするだけの本能を持った狩猟生物は多くいます。しかし、貴女はその狩猟動物以上の能力を持ちながら狩猟動物以下の本能を持っている。それでは駄目だ。ぼくに触れられないのは当然としても、この程度ではまるでお話にならない」
「あぁあああああぅ!」
ぱしん、という音で地面を転がる。しかし私の身体はめげることなく地面を一回転して体勢を整えると、四肢を地面へと着け四足動物同様の動きでラグナスへと襲い掛かる。
「やれやれ、柏さんの因子は四本動物ですか。それならある意味で足を使った攻撃をしてこないわけだ。ま、貴女は人間なのでちゃんと二足で立って――」
「ぐぁぅ」
「しっかりと人間の力を利用しなさい」
「ぎっ」
扇子で顎をカチ上げられて、強制的に立つ格好にされたかと思えば横に薙ぎ払われて地面を少し水平に飛んで横転した。
「さ、柏さんもこの状態を制御できるようになりなさい。このままでは気絶するまで滅多打ちになりますよ?」
そうだ。呆けている場合ではない。
この状態になるのは2度目だけれど、感覚は一度目と変わりなかった。
右手を動かそうとしてみる。しかし、私の意志に反して右手は思うとおりに動かない。
なら指を動かそうとする。しかし、指は私の思ったとおりには曲がらない。
「簡単な意志で御せるほど本能とは甘いものではありませんよ。全霊を以って挑みなさい。でなければ、指の一本だって取り返せない」
目まぐるしく動く視界の中、地面とラグナスが近づいては離れ手を繰り返す中で勝手気ままに暴れまわる自分の体に意識を集中させる。視界の情報が入ってくるのはしょうがないことだけど、出来る限りそれらを無視し、もう一度右の手を動かそうとする。
動け。
「あぁあああああ!!」
曲がれ。
「っあああああああああ!」
拳を、握れ!
「ぜぇあぁあああああ!」
「ほう、第一段階クリア。おめでとうございます。それではここらで休憩としましょうか」
握り締められた私の右手は硬い音を立てて扇子に阻まれた。
ラグナスは螺旋を描いて私の腕を巻き取ると視界が2回転ほどして地面へと叩きつけられた。
そして、私は意識を失った。