少年の特別授業2
何をされたのかもわからないで自分が転がっているという状況は私の中で印象深い。
昔、桐峰と特訓いた時はよくあることだったし、最近だと私が暴走していたときにも同じ事があった。彼のときは私を投げていたけれど、ラグナスが今やったことも同じなのだろうか。
「ふーむ、柏さんの場合はまず戦い方を身に着けるのがいいかもしれませんね」
「桐峰になら、昔は教えてもらっていたけれど」
「そのキリミネ某さんに関しては存じませんが、貴女に戦い方を教えて人は戦い方というよりは体の動かし方を身に着けさせていたようですね。人間に比べて圧倒的に身体能力が高い【因子保持者】はその使い方を知らなければなりません。自分の限界を知っているのと知らないとでは生活に支障をきたす時もありますから」
「ふーん」
「この場合はそのキリミネ某さんが柏さんに教えていたのは『体』というわけですので、ぼくが教えるのは
『術』です。といっても一長一短で身に着くものではないので、柏さんが身に着けるのは力を制御することですね。ちなみに、さっき程度の力の使い方では上澄みを掬った程度。十全に使えているとは言えません」
「でもそれこれ以上は――」
「暴走します。もちろん、このままではね。本当のところはまず柏さんの因子に対する忌避感を克服するのが一番なのですが……残された時間的には難しいので、ひとまず自分が出せるだけの全力を出し続けてもらうのが一番ですね。先ほどのことで今の貴女程度に殺されないというのもわかったでしょう?」
「そう、ね」
「ひとまず、今日はもう寝るといいでしょう。まぁ翌日からはまともに寝れなくなると思いますので、十分に食事をしてゆっくりとするといいでしょう」
「ラグナスは……食べないの?」
「竜なので。必要ないんです」
よくわからない理由を告げて、ラグナスは少し用事を済ませに行きます、といってどこかへ行ってしまった。彼は確か迷っていたという話だというのに大丈夫なのか気になったが、私よりも強いということは確かなので努めて気にしないことにした。
「では、始めましょうか……と思ったんですが、確か柏さんはどこか目的地があったんですよね?」
「ええ、この道をそのまま進めば大きな場に出るからそこで桐峰とクロ……わけあってはぐれた2人がいなければ3日はそこに滞在するつもり」
「ちょうどいいですね。ならまずはそこに向かいましょう。
あ、柏さんは道中で常に力を開放していてください。もちろん、暴走しないギリギリで結構です。その代わりとしては絶対に力を使っていないときと同じようにしてください」
力を開放しておいて普段と変わらないようにしろ、というのがよくわからなかったけれど、それ以外に彼から何かを言うつもりはないのか先に歩いてしまった。仕方がないので荷物をまとめたら【ビャッコ】の力をギリギリまで引き出して荷物を背負った。
軽い、という感覚。当然だ、力を開放しているということは身体能力は普段よりも跳ね上がっている。そして今にでも走り出したい衝動に駆られた。
「走ってはだめですよ」
「っ! わかってる」
あと一歩遅ければ走っていたかもしれない。
ラグナスの声で我に返り、私は歩き出した。
どうして力を開放しておいてその力を使うな、という理由がすぐにわかった。
何でもできそうになる全能感に流されるままでは、恐らく少しでも力を強めただけで暴走する。私が未だに力を開放している状態に違和感を感じているのもあるのかもしれない。ともかく、今にも走りたいだとか体を全力で動かしたいという気持ちを必死に抑え込んで、山道を歩いていった。
「最低でも、常にその状態が自然であるようになってください。それが普通なのだと。自然体のときに用いれる力が増すほど、それは自身の力を制御できるようになっているという証ですので」
というのがラグナスの言葉だった。
「着いた……」
「ふむ。いい広さだ」
体感的にはお昼になった頃、私たちは第一目的地である場所までやってきた。
考えてみればほんの少しの時間歩いただけというのに、想像以上に疲れていた。体力的には問題ないのだけれど、精神的な疲れは大きい。
「さて、では隅の岩陰にでも荷物を置いてきてください。さっそく始めましょう」
「それはいいけど、お昼はいいの?」
「食べてすぐに運動すると色々とよろしくないですよ。
ぼく? 無論、竜ですので必要ありません」
そして、ここから長い3日が始まった。