橋の上クライシス
走っていた。
前にいるのはクロ、後ろには桐峰で私は挟まれる形になっていた。
「くそ、奴さんしつこすぎだろ」
「どうやら犬の因子をベースにした【因子保持者】のようだからね。集団で追い、狩るという一点に関してなら彼らほど優れた者はそうはいないさ」
「それより、そろそろ橋だぞ」
「駆け抜けるしかない」
経緯は単純だ。研究所を後にして数日、山道を行きながら東に向かっている道中で追手が現れたのだ。
現れたのは黒づくめの【対因子部隊】ではなく、年はほとんど私やクロと変わらない見た目の5人だった。ただ普通の人間というには頭から生えているソレは犬の耳で、人によっては肘から先が毛深かったり、鼻の先が逆三角だったり、鋭い犬歯、長く対になったヒゲ、と誤魔化しようがないものだ。
そして追手5人は私たちを認めるや襲ってきた。最初こそ迎撃しようとしたのだが、場所が悪かった。
まず、足場が限られた山道で、少しでも道から足を踏み外せば真っ逆さまということ、クロのようなとてつもない膂力で足場や岩壁に衝撃を与えてしまった場合、最悪足場が崩れるか岩雪崩が起こる可能性があった。
そのため逃げの一択。幸いにも山は少し登れば下り坂に差し掛かったのでカーブに気をつけて全力ダッシュしていた。そして、坂を下りきって少し行った先に、先ほどクロが述べた橋がある。川を挟んで山道と山道を繋ぐ唯一の橋。橋を渡らなくても向こうには行けるのだが、渡るか渡らないかで掛かる時間は大きく違っていた。
「殿は僕とクロがしよう。柏は瞬間的な速さなら僕たちの中でも一番だから、橋を渡りきって道を確保して欲しい」
「わかった。万が一があったときはどうするの?」
「その時は昨日決めた集合場所に。どちらかが先に到着してもし3日経っても合流できなかったら何かしらの印を残してシェルターで待機しよう」
「つってもオレとキリミネ、ハクで別れるよな」
「うん、だから柏は厳しいことになるかもしれない」
「大丈夫」
「うっし、橋だ。行け、ハク!」
クロが地面を滑って足を止めると、先に桐峰が迎撃に出ていたほうへと合流しに行く。その間に、私はスピードを緩めることなく橋を駆ける。
橋は数本の縄に木の板の足場と何か起きれば落ちてしまいそうだ。さらに下には川が流れている。下を見れば足を掬われるような気がして、前だけを見て走る。
「橋を崩せ」
「させるかよっ」
背後では【因子保持者】の一人が橋を落とそうとしているようで、クロがそれを阻止するべく動いているようだった。
橋も中腹に差し掛かったところ、このまま行けば無事に渡りきれる。そう安堵した瞬間のことだった。
「ボム」
「ボム!」
不吉な叫び声が聞こえた。
「な、マジ、しまった……! ハク、全力で駆け抜けろ!!」
「……!」
ぼん、という音が聞こえたのと同時、足場が浮いた。
さっきまでは揺れてはいても踏み込んだ足に対してしっかりと力が返ってきていたのに対し、その力が返ってこない。どころか、宙に浮く錯覚まであった。
爆音に紛れてクロの声が聞こえたこと、爆音によって橋の足場が浮いたということから爆発物を使われて橋が今まさに落ち始めているということがわかった。
咄嗟に体の奥に意識を集める。胸の鼓動が速くなり、火照ったように内側から熱くなってくる。身を任せれば爆発しそうになる衝動をギリギリで抑えて、足場が落ちるよりも速く駆けていく。私の中にある因子【ビャッコ】の力が発動しているからこそできる芸当だった。
ゆっくりと進んでいく風景を、全速力で駆け抜けていく。木の足場を一瞬だけ蹴って前へ前へ。
「っ、はぁはぁ……」
そして橋が落ちたのとほぼ同時に、私は橋を渡りきっていた。
緊張と力みが体力を一瞬で奪ったせいか、息が荒い。
大きく息を吸って吐いて、段々落ち着いてきたら普段どおりの呼吸に戻っていく。その頃には、橋の先で追手を迎撃したらしい桐峰とクロがこちらに向いていた。
「……! ……ろ!」
大きな手振りと川の音で断片的な声。それでも、彼らが伝えたいことはわかる。こうなることは想定済みで、これからとる行動もわかっている。
私は大きく手を振って続いている山道の方向を指すと、彼らにもそれが伝わったようだった。
だからひとまず、私は最初の合流地点へと向かうのだった。