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Factor  作者: へるぷみ~
玄い少年は怠惰でありたい
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ただ実験がしたいだけなのだろう?


 龍堂桐峰は駆ける足を止めることなく胸ポケットから手のひらに収まるサイズの端末を取り出す。ケヴィンから貰ったものであり、彼曰く【スマホ】と呼ばれるものだった。

 慣れた手つきで画面を操作すると、液晶には地図が映されていた。

 それは今彼がいる研究所の地図だった。今回は正面からの強行突破という形をとっているが、彼は基本的に端末の情報を基に周辺地域、警備体制、監視カメラなどを調査してから行動を移す。出来る限り穏便に侵入をして警備している部隊のいくつかを潰した結果、襲撃が確認されているため敵の部隊数などを完全に把握できていなかった。

 よって、最優先はこの研究所の最高責任者がいる場所を制圧することに決めた。実際のところ【対因子部隊】と研究所は一番上こそ統一されているが、そこから袂を分かつように命令系統などはまったく違う。わかっているのは研究所はひたすらに研究をするだけということ。【対因子部隊】は研究所を警備するが、研究所の警備が不可能なレベルとなった場合は独自に撤退判断をすることができる。他にも研究所の監視という隠れた仕事もあるが、今回は必要ない。

 地図を頼りに、桐峰は所長室と思しき場所を発見。扉は当然侵入者である彼を通してくれるわけはないため、走る勢いを殺さず扉を蹴破った。


 「おいおいおい、部屋に入るときはノックをして、静かに入室するのが礼儀ではないのかね?」

 「申し訳ないけど、あなた達に対してとる礼儀はない」

 「厳しいことを言うねぇ」


 蹴破って入った部屋の奥、そこには白衣を着て眼鏡のブリッジを中指で押し上げて不適に笑む男が立っていた。身長はそれなりに高いが、その肉つきはあまりに細く、頬は骨格が浮いて肌白い。健康的とは言いがたい男だった。

 そして男の傍らには、黒色の髪に緑色の目をした、【ゲンブ】に似た青年が立っていた。


 「【リュウ】君、キミに紹介しよう。コイツは我が研究所の最高傑作【玄冥】だ。不出来なくせに態度は一人前の【ゲンブ】とは比べ物にならないコレは、キミだって倒すことができると自負している」

 「…………………」


 部屋の中には男と【玄冥】と呼ばれた青年だけ。本来護衛としているはずの【対因子部隊】は誰もいなかった。つまりそれだけ、最高責任者と思しき男は自身があるということなのだろう。


 「さて、お喋りはここまでとしようか。さぁ【玄冥】、あの男を地に伏せお前こそが【因子保持者ファクター】最強であり、それを生み出した私こそが最高だと証明して見せろ!」


 男の叫びと同時に、【玄冥】が駆けた。確かに、瞬発力は既に【ゲンブ】ことクロを越えていた。握った拳を回避すれば、部屋の壁が吹き飛んだ。猛攻は止まることなく蹴りパンチキックと桐峰に襲い掛かる。

 桐峰はそれを難なく回避して見せているが、それは受け止めることのできない打撃だからだ。


 「さぁどうした【リュウ】、お前はその程度か!?」

 「ヒュッ……!」


 パァンと弾ける音が鳴る。猛攻を続けていた【玄冥】の隙を縫うように放たれた桐峰の拳が【玄冥】の顔面にクリーンヒットした。

 しかし、並の人間であれば鼻が陥没していた筈の一撃は【玄冥】の顔に鼻血の一つも流れていない。


 「【甲鱗】か……」

 「そうとも、我が研究所が生み出した力の一つだ! 何ものにも侵されることのない鉄壁の守り。キミこれが破れるかね!?」


 後退することを知らない【玄冥】に、桐峰は少しずつ押されていた。彼はクロから【甲鱗】について耳にしており、その弱点や用途についても聞いている。まず、人外の膂力はあるが生身の肉体はそれに耐えられないため、殴る際などは接地面に【甲鱗】を展開している。【甲鱗】はその特性から柔軟性がなく、関節などに発動させてしまうと固定されてしまう。集中力にもよるが一度に展開できる範囲は限られている。複数の場所に同時に発動されることはできない。【甲鱗】の展開速度は体の一部位に力を込めるようなもののため、それが素早くできるほど展開も早くなる。などだ。

 それを踏まえたうえで、彼はジャブを放つのと同時に、そことは別部位にもジャブを放った。


 「………………」

 「効いてないか」

 「無駄だ。【ゲンブ】が抱えていた【甲鱗】の弱点程度、克服しているに決まっているだろう!」


 どちらも硬い感触に阻まれた。つまり、【玄冥】は複数の部位に同時に【甲鱗】を展開できると考えていいだろう。

 轟音を伴った一撃が桐峰に迫り、大きく後ろに退いた。背後は部屋の角で壁だ。


 「これでおしまいかね?」

 「……」

 「くくくっ、ならコレで終わりだ。やれ、【玄冥】!」


 逃げ場などない、と言わんばかりに【玄冥】の拳が桐峰に襲い掛かる。


 「使いたくは無かったけれど、しょうがない」


 瞬間、突風が吹いた。

 室内だというのに風が吹くというのもおかしな話だが、風の発生源は桐峰。しかし風が吹いたからなんだと、【玄冥】は拳を振るった。


 「もともと、単純な攻撃というのを受けるのは論外で、避けるのは別の手を警戒してのことだ」

 「!?」


 【玄冥】の振るった拳は空を切る。驚いて振り返ればいつの間にか通り抜けていた桐峰の背中。


 「だが、結局のところ君は【甲鱗】という力を持っているだけであり、それ以外の手を持っていなかった。

  そして、君達にとって【甲鱗】は鉄壁の守りなのだろう。だけどね」

 「っっっ!」


 桐峰が指を鳴らす。同時に血が舞った。

 傷を負ったのは【玄冥】であり、出血している箇所はすべて手首、肘、肩、股関節、膝、足首と、主要な関節部だった。


 「このように、【甲鱗】における最も重要な欠点が克服できていない」

 「ば、バカな……。一体何をしたんだ!?」

 「別段おかしなことではないよ。かまいたちを彼に運んであげただけだ。だけどあらゆる関節の筋は切ったから動くことは叶わないだろう。けれど【因子保持者ファクター】である君ならものの数時間か数日で治るから安心してほしい。

  さて、」

 「ひっ」

 「君たちの命題は『人類の進化』だったか。しかしこれは何だ? 進化? 違う。君たちがしていることはただの人体実験だよ。生まれる子供をいじくって、『私が作った作品だ、どうだ凄いだろう?』というのが進化なのか?」

 「や、やめてくれっ、命、いのちだけは……!」

 「命という意味も知らない子供を、あなたは一体何人殺したんだい? 数えられないだろう?」

 「あぁ、あああああ」

 「たった一人の命で贖えるとは思えないけれど、連れて行ってあげよう。安心して、痛くは無いから」

 「ひっ――が……」


 威勢のあった男は泣き懇願し、しかし桐峰の手によって死んだ。

 唯一の救いは死んだのは一瞬で、死ぬという実感を得なかったということぐらいか。砕け散った頭部は灰色の肉塊を床に撒き散らした。


 「さて、次に行こう」


 今さっき人を殺したというのに桐峰の顔に陰りは無い。返り血は彼を中心にして吹く風によって引っかかることはなく汚れのないまま彼は部屋を出て行った。

 部屋に残されたのは、【玄冥】と呼ばれた。被害者だけだった。



  

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