そして風が吹いた
投稿する話を別の小説で更新していました。時間をずらしての投稿になります。
【ゲンブ】は考えていた。
「(まず、これ勝てないな)」
自分と今も対峙し続けている少女を見て、彼我の差は埋めようの無いものがあった。というのも相手はこちらの弱点を看破してしまっている。交錯するたびにこちらは傷を負い、あちらには一撃も掠めさせられないという現状。体は丈夫だが、流れる血の量はさすがに限度がある。どうにかして急所は避けられているが、出血箇所が多い上にほとんどの傷の深さはそれなりなために自然治癒もジリ貧だ。
血が足りん。【因子保持者】のほぼ全てには通常の生物の何倍か何十倍かの速さで自然治癒するように作られている。【ゲンブ】もその例に漏れていないが、自然治癒を高めているだけともいえて、流れた血を造血するにはそれなりに時間は掛かるし、血を作るためのエネルギーは今も急速に使われていっている。あと少しの傷を負えば眩暈の初期症状が発症するだろう。そうなれば【甲鱗】の展開・維持も難しくなってくる。
強みは何か。力と耐久。思いっきり殴り蹴ればほとんどの生物は絶命の免れない一撃を繰り出すことはできる。また【甲鱗】を用いることで初見の相手であれば簡単に倒すことはできる。だが、前提は当たって受けれるということ。現状はそのどちらもが成り立っていない。つまり詰んでいるのだ。
「ぬ、ぐ……」
今もまた、駆け抜けざまに腕を切り裂かれる。まったくもって、防具など当てにならない。まぁ無ければこの傷はより深かったのだろうが、防げていない以上はダメージだ。すぐに再生が始まるが、その瞬間には軽い眩暈が起きた。
ガス欠というやつだ。相手もガス欠になっておかしくないぐらいの動きをしているが衰えは見えない。
「(生きられるかぁ……?)」
正直な話をすればあの明らかに暴走している少女がこちらを襲うという部分さえなければ千載一遇のチャンスというヤツなのだ。自分を監視していた部隊は全滅。名目上とはいえ自分も負けましたとなればアッチに連絡をとれるヤツはいないため晴れて自由の身になれる、はず。
だが、そのためにはこの場を生きて切り抜けなければならない。というのに目の前の少女は殺気を漲らせ、本能のみでこちらを襲ってくるのだ。恐らく、【ゲンブ】が死ぬか少女を気絶させない限りは止まらないだろう。
とりあえず、できることは耐えることだけだ。最悪死ななければなんとでもなる。最良は一発当たればなのだがそれは絶望的だった。
「うぅあああああ」
「ぬぐ」
【甲鱗】を出来る限り広範囲に展開することでなんとか防ぐ。何回か喰らってわかったが、どうやらあの少女は【甲鱗】に防がれたときは真逆の位置かその付近を狙ってくるようだ。あと蹴り技は使用してこない。それだけでも手数が限られるため一度二撃の攻撃を凌げればいい。
もう一度、突っ込んでくる。【甲鱗】を展開して身構える。
「ぐ、しまっ――」
しかしその瞬間、眩暈が彼を襲った。貧血もそうだが、極限状態での無理がこの場面で牙を剥く。
展開されていた【甲鱗】が解除された。
「あぁあああ!!」
スローモーションになった【ゲンブ】の視界の中で、白い少女の貫手が彼の心臓へと迫る。
死んだ。
咄嗟に腕を体の中央に寄せようとするが、間に合わない。間に合ったとしても腕ごと貫かれて絶命する。
そして、少女の指が【ゲンブ】の体へと突き――
「ごめんよ、柏」
風が吹いた。
目の前で繰り広げられた一瞬の出来事。
【ゲンブ】を殺すはずだった白い少女は地面へと叩きつけられ、気絶する。
彼の目の前には少女を投げ飛ばした張本人、龍堂桐峰がそこにいた。