その身は何ものにも傷つけられぬ
「そりゃ!」
近づいて、おもいっきり殴る蹴る。それが目の前にいる男の攻撃方法だった。技術もなにもない真正面からの力比べ。しかし、一定のレベルを超えたそれは生半可な技術など通用しない。一振り一振りが致命の一撃であり、特に狙いもつけずに振り回しているせいで対処も難しく、一言で厄介だった。
加えて――
「はぁ!」
振りぬかれた拳を掻い潜り、ごう、という音を耳にしながら男の胴体へとカウンターのパンチを当てる。
「それじゃあ効かねぇ、よ!」
「っっ」
「あぁ~な~んか、物足りねぇな。もしかして……目覚めてねぇのか?」
「(殴ったときの感触が壁を殴ったみたい。殴ったこっちの手が痺れてる)
目覚めて? どういうこと?」
「いや、なんでもねぇ(あ~こりゃ外れか? いやいや決め付けはよくねぇな)。」
「それより、どうして私たちを捕まえようとしているの?」
「んなもん知らん。おれたちは皆モルモットだし、作ったやつらには逆らいがたいのさ」
「作った……」
「おぉっと、無駄話だ。面倒ごとは嫌なんだ。あんたの連れが今も襲われてねぇのはオレの指示に表向きは従わなきゃいけないからなんだが、いつ襲うかなんてわからんよなぁ?」
「ならあなたを倒せばいいんでしょ」
「そっちの方が悪手なんだが……ほい、それじゃ無理だな」
「くっ」
顔を狙った上段蹴りは腕で簡単に防がれた。さっきと同じで、感触は岩のように硬い。どうにかしてこの守りを崩す方法を見つけないと、朱里が危ない。
かといって、攻め手がない。幸いにも相手は自身の良くわからない硬さを信頼しているのか積極的な戦い方をしてこない。だったら。
「はぁっ」
「うお、ナイフかッ。つっても!」
――カキンッ
装備の縫いめ、しかも関節を狙って斬りつけたというのに、聞こえた音は金属の弾かれる音。加えて力を込めて斬った影響かナイフの先は欠けてしまった。
「ふぅ。まぁ効かんわな」
「どういう、こと?」
「まぁネタばらしは……してもいいか。それで諦めてもらえば万々歳だし。
オレは【因子持ち:ゲンブ】。その能力は【甲鱗】。簡単に言っちまえば皮膚を硬質化できる。生半可な銃や刃物は一切この身を傷つけることはできない。つまり、さっきから繰り返してるあんたの攻撃は意味がない。どころか当て所が悪ければそっちが怪我をするぜ、ナイフが欠けたように」
「………………」
ファクター、という意味はよくわからないが男がゲンブと名前なのはわかった。そして、さっきからの違和感も。皮膚の硬質化なんてわけわからないものをしているというのは信じられないが、さっきから起きている硬い感触はそれだということを考えれば納得がいった。
となれば、打つ手はほとんどない。とはいえ諦めるという選択しにはできない。
「うわ、諦めないのね。ちっ、しょうがねぇ。おい、無傷での捕獲は無理だ。多少荒っぽくさせるぞ! 死んじまっても文句は言わせねぇからな!」
皮膚の硬質化を効力する方法を考えている間に、ゲンブは離れた場所で通路を封鎖している黒尽くめの集団へと言い放つ。黒尽くめの集団は特に微動だにすることはなかった。しかしそれで良かったのか、ゲンブは頷く。
「んじゃ許可も取れたことだし。……再開……だッ!」
「な、きゃっ!」
不意打ち。
ゲンブは足を地面へと叩きつけ、陥没し砕けた礫を蹴り上げる。バカみたいな力で蹴り飛ばされた石の散弾が襲い掛かってきた。
まさか飛び道具を使うなんて考えていなかった自分が呪わしい。とっさに腕で顔を庇ったが、大小さまざまな大きさの石礫は体を打ちつける。
「ボディが、がら空きだ!」
「がっ、は……」
腕で隠された視界の中、聞こえてきた声とともに腹部へと重い衝撃が走る。
不意打ちに気をとられたのが判断ミスになった。
「(相手の、狙い……私の足止め、だ……た)」
「悪いが今度こそ、寝ててもらう、ぞ!」
「ぐぁ!」
痛みで丸まった体をボールのようにゲンブが蹴り飛ばす。
浮遊感が身を包む中で、私の意識は闇へと落ちていった。