一年後の世界
白い世界が終わり一年が経った。
最初こそ戸惑いはあったけれど、思い返してみれば今までがおかしなことだったのだ。起きて眠る。その間に行われていたことが何かあったのかもしれないけれど、わからない以上は考えたって無駄だ。無駄なことは考えるべきじゃない。
「おはよう、柏」
「……おはよう桐峰」
龍堂柏……それが私の名前だった。そして目覚めた私を優しい笑みを浮かべて迎えてくれたのが龍堂桐峰。あの日、私を白い世界から出してくれた人。
朝起きて、挨拶をする。それが私と彼の朝の始まり。
まぶた開けて最初に映るのは白い天井でも白い壁でも白いベッドでも白いシーツでも白い服でもない。あの日から一年間見てきた彼の優しい顔が最初に映るのが、今の私の『日常』だった。ただまぁ、いつも目を開けると彼が見ているので最近はそれが少し恥ずかしい。だから少しだけ、俯いて返事をしてしまう。
「さ、起きて朝食を食べようか。僕が用意している間に、顔を洗ってきて」
「うん」
彼はどうやらいつも私が起きるまで傍に寄り添っていてくれる。それに気づいたのはいつからだろうか。起きたときに彼がいることに恥ずかしさを最近は感じているが、それでも安堵を感じている私がいるのも確かで、私が彼の笑みを見ずに起きることは考えることができなかった。
体を起こして昨夜着ていた下着の上から服を着る。あまり服にこだわりは無いけれど、シンプルな服は難しく考えたりする必要が無くて好きだった。髪をかきあげて服から出す。ショーツの上からスパッツを履いて、スカートの留め具を掛けたら着替えはお終い。顔を洗って口をすすいで朝の日課をこなしていく。
「「いただだきます」」
朝食はスクランブルエッグに薄いハム、手のひらサイズの麦ビスケット。飲み物は私はホットミルク(甘め)で彼は真っ黒なコーヒー(にがーい)だった。食べるときに喋ることはほとんどない。だけどそれは喋るのが気まずいとかそういうのじゃなくて、温かな食事を二人で食べているという空気が私は好きだった。桐峰はどうだろう? 彼が怒るというのを私は見たことが無い。注意されることはあったけどそれもいつもと変わらない優しい笑顔で私の視線に合わせて話してくれていた。だからこんな時間が少しでも長く続けば良いのになとも最近は思い始めてる。
「「ごちそうさまでした」」
それでも食べる手を止めてないから終わりはする。彼は何かを言うことは無く、ごく当たり前のように私の前にあった皿とコップを自分の食器にのせて洗い場に持っていって洗い始める。私はその間に洗面台に行って歯を磨く。これもいつも通りのこと。
けれどここから先は毎日少し違う。出かけることもあれば本を読んだり町にいったりお洗濯をしたり。
「柏、今日はケヴィンのところに行くよ」
「うん」
どうやら今日はケヴィンの所に行くようだ。とはいっても持っていくものはあまり無い。強いていうなら移動の際はバイクに乗るから、防風防寒用のジャケットを着ていくぐらい。
「それじゃ行こう」
黒を基調とした服装はどうやら彼の好むものらしく、バイクにヘルメットも黒。風で髪がさらわれないように一つに括ってヘルメットに納めたら、後ろの席に座って彼の腰に抱きついた。
エンジンが唸る。車庫のシャッターが開き光が侵入すると、バイクはゆっくりと走り出した。