急襲
地図を見てわかっていたことだが、北のほうは山である。それも大中小の山々が壁を作るようになっており、山の入り口ともいえる小さな山はまだ木々などの自然があったが、後ろにそびえ立つ見上げたくなる山々は限られた自然だけが住まう場所であり、山頂部などは白い化粧が積もっていた。とはいえ、道なき道を行くわけではない。舗装された道はシェルター間での往来をする上では欠かせないものであり、目的地がこの道の先にあるシェルターだとわかっている以上は道なりに歩くだけでいいと考えるだけ楽になるというものだった。
2日掛けて登り降りを繰り返し、自然が少ない影響だからか夜間に野生動物に出くわすということは一切なかった。
そうこうして中ぐらいの山も抜け、大きな山と山の間にある道を歩いていくこと少し、開けた場所へ出た。
周囲は切り立った岩肌で囲まれており、幾度か落石が生じたのか人を押しつぶすには余りある大岩がいくつも転がっている。
これだけ開けた場所でなら休憩を一度とってもいいと考える。
しかし、どうにもこの広場に入ってからうなじの辺りがチリチリとする感じがある。そして視線。
この場所に長居するのはきっと拙い。直感的にそう判断し、出口へと急ぎ足で向かおうとした。
「まぁまぁそんなに焦らないでくれよ、ちょっとここで休んでけって」
――ドォオオオン!!
どこからともなく声が聞こえたと思った瞬間、向かっていた場所に何かが飛来し爆発。何かが崩れる音、ぶつかり合う音が粉塵の奥から聞こえた。
「こっちとしても、あんたら2人を通すわけにはいかんのよ。めんどくさい話なんだけど」
「………………」
さっきの爆発で、道が封鎖されたのであろうことは想像するに難くない。仕方がないが戻るないかと振り返れば、いつの間にそこにいたのか家の監視モニターでも見たことのある黒尽くめの集団が道をふさいでいた。その黒尽くめの集団の中心に、声の主と思しき黒い髪の――いや、黒に近い濃緑色髪の毛を掻いていた。
「んー? こんな山にたった2人でしかも装備なし、ね。どうやら本当に【お仲間】か。あぁ~、めんど」
「あなたたち、誰?」
「まぁさっき言ったと思うんだけど、あんたら2人を捕縛させてもらう。まぁ足掻くのはいいだけど……いやよくねぇわ。無傷で捕まえろって話し出し、抵抗しないで掴まってくれない?」
「人の家燃やしてゆく手を阻むような相手に従うとでも?」
「家は知らんけど……まぁそうだわな。ってことは力ずくね。はぁ~めんどくさ」
「朱里、離れてて。できれば、あっち大きな岩場に隠れて」
「う、うん……」
心底めんどうだという雰囲気を纏いながら近づいてくる男。背負ったリュック、腰に巻いたザック、これから起こるであろう事に邪魔な荷物は全て体から離す。最低限の武器としてナイフがあるが、効くどうかなどわかるわけはない。
「というわけでちゃっちゃか終わらせて眠りたいから――起きてくれるなよ?」
「っ!?」
なんの前触れもなかった。髪を掻きながら歩いていたかと思えば跳躍。蹴った土煙が尾を引いてこちらの頭上まで来たかと思うと、大きく振りかぶった拳をこちらへと放ってきた。
咄嗟に大きく退く。狙いを外した拳は吸い込まれるように地面へと叩きつけられ――砕かれた地面の石が舞い、陥没した。
「(なんてばか力……!)」
初手を警戒していたおかげで回避できた。もし少しの油断があればあの拳をまともに受け止めようとしていたことを考え冷や汗が背中を伝った。
「あぁくそ、避けられたか。まぁそうだよな
んじゃま、ここからは正真正銘、【化けモン】同士の戦いをしようじゃねぇ、か!」
先ほどまでの気だるげな雰囲気から一転、凶暴な笑みを浮かべながら男はさっきと同じように飛び上がり、拳を振り下ろす。
男の言っている言葉は理解できない。だけど、この場面で負ければ全てが終わるということだけは確かだった。