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Factor  作者: へるぷみ~
Traveler / Explorer
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【EXplorer】極彩色の世界


 「うひゃ~!」

 「「「GAAAAAAB!!!」」」


 迫り来る、緑の大群。

 形は人間に近しいが、その苔むしたような皮膚と醜悪といえる面貌に、対となる突き出した牙。

 人によってはオークだとか、ゴブリンだとか呼ばれているのが私たちの背後から迫ってきていた。


 「一応追いつかれる心配が無いとはいえ、よくもまぁ飽きずに追ってくるわね……」


 この世界には魔物と呼ばれる生物がいるらしい。

 原理はよくわからないけれど、曰く世界の淀みが生み出したものらしい。

 それらが集まったり、死骸やらなんやらに乗り移ると魔物というのは発生するとのこと。といっても前者は先天的魔物、後者は後天的魔物と枠が分けられているのだけど、そういうのは頭の良い人たちが考えるべきことで、今現在の私が考えることではない。

 ともかく、人型を模している魔物というのは人の死骸から発生した後天的な魔物らしく、適切な処理を行わなかった死体がそういうものになるらしい。で、生物を模している魔物特有というべきなのか、後天的魔物というのは生殖機能があるらしい。何故かはわからないけれどオークだとかゴブリンだというのは雄型しかいないようで、女性を見かけると躊躇い無く襲い掛かるといった感じだった。

 故に、私とリョーは追われていた。


 「キミたち、【精霊】との契約が出来ないんだから無茶しないでねー」

 「無茶って、今この瞬間を無茶って言うんじゃないの!?」


 というのは、私たちの監督をしているギルドメンバーと呼ばれる人だ。

 その人は私たちの遥か上から見下ろしており、どういう原理なのか耳元にでもいるかのように話しかけてくる。


 「んーっていってもキミたちの試験は結構ギルドのランクだと初歩の初歩だからね。契約者ならそれこそもっと上手くできるよ」


 精霊との契約だとか契約者って言葉は最近になって聞きなれてきたものだ。

 契約者。精霊との契約をした人をそう呼ぶらしい。この契約者は最初の頃こそ直接精霊のいる場所へと赴き、試練を乗り越えて契約する、というものだったらしいけれど、最近では人工的に精霊の力の部分だけを設計した人工精霊というものが発明され、人間であればこれと契約することで特殊な力を使えるようになるらしい。

 で、私やリョー、クロに【霊亀】はそれが何故か出来なかった。

 理由はなんとなくだけどわかる。つまるところ純粋な人間ではなく、【因子保持者ファクター】だからなのだろう。基礎は人間であるけれど、様々な生物の遺伝子を組み込まれている私たちは人間というよりは獣人というのが正しいのだろう。そう考えればなんとなくだけど納得がいった。そして、そういう普通じゃない人間を受け入れているこの世界において私たちは特殊ではなかった。


 「しょうがない、リョー、準備できた!?」

 「ほいほい~。すぐにでも出来るよ~」


 まぁそれだけに、自分たちの人間離れした力というのを解禁しても最初こそほーって顔をされるぐらいでそれ以上は何も無かったのだ。

 故に、躊躇い無く能力も発揮できている。


 「――今!」


 「「「GOOOOOOB!?」」」


 私が駆け抜け、緑の異形がその後ろを通ろうとする。

 瞬間、先頭にいた一匹が地面に脚を捕られ地面に転ぶ。それを気にせず踏み潰した後続の数匹もまた、地面に脚をついた途端に体勢を崩し、地面を転ぶ。それを潰したのがまた転び、転び、転び、転んでいく。


 十数匹といた異形全てが、地面に足を掬われ後続の仲間に踏み潰され、踏み潰されなかった奴らは沈み込んだ足と手は沼のようになった地面によって身動きの取れない状態に成り果てた。

 

 「意外と素直に嵌ってくれたわね……」

 「ほー、どうやってやったのかは知らないけど、地面を即席の沼にしたんだ。下手な浅さと広さだとあいつ等は自分の仲間を足場にして強引に突っ込んでくるけど、深さも広さも申し分ないみたいだね」


 長時間走り続けていた影響からか、さすがに疲れた。

 そして上で見ていた監視の人も決着がついたと判断したようで、音も無く降りてくる。


 「ごめんね~、途中からハクちゃんにだけ囮の役みたいにさせちゃって」

 「適材適所でしょ、こういうのは。リョーじゃなきゃ出来ないことをやったのであって、私じゃああはできないんだから」

 「そうだね、自分の力量を弁え、味方の能力を理解するっていうのは【渡り鳥】には必須な能力だ。そしてキミたちは見事にそれを理解していたわけだ」

 「それはどうも」

 「んー、うん、これなら合格かな。一応コンビでの活動をするんでしょ?」

 「はい」

 「運動能力に特に問題はないし、人柄もまぁ大丈夫かな。人間では珍しく契約者ではないけど、そんなこと言うと獣人差別とか起きるからねー」


 とのことで、無事に合格をいただくこととなった。





 ――――――





 「はぁー、ただいまー」

 「あら、お帰りなさい」


 試験も終わり、家に帰れば久しぶりの声を聞いた。


 「あれ、コハル? 帰ってきてたの?」


 出迎えたのは相も変わらずの見た目なコハルだった。


 「えぇ、久しぶりにこっちまで寄ったからね。ただで寝泊りできるなら当然帰って来るでしょう?」

 「それは私に言われても困るんだけど……まぁ、貴女に譲ってもらった家だから元の持ち主が帰ってくることを拒否するほど狭量じゃないわよ」

 「ま、居ても2~3日程度だし、食事もこっちで用意するから特に気を遣わなくてもいいわよ」


 どうやってなのか、ドラクンクルトに家を所持していたコハルから『旅に出るから譲るわ』なんて言われてからずっと住んでいる家ではあるが、公的な所持者はコハルであるらしく、私たちの扱いは一種の間借りのようなものだ。

 というわけで、元の家主が戻ってきたことに対して文句も何もない。


 「あれ、そういえばクロとレキは?」


 レキとは、【霊亀】のことだ。ギルドに名前を登録する際にさすがそのままというのは……ということで命名したものだった。


 「あの2人なら絶賛クロが逃亡中ね。で、レキが追ってるってとこかしら」

 「何があったのよ……」

 「ま、モてる男は辛いってことでしょ」


 投げやりなコメントに返す言葉は無く、とりあえずあの二人はいないということで決着がついた。


 「で、そっちはどうなのよ?」

 「ん、あー、さっきやっとDランクになれたわ」

 「ふーん」

 「興味なさそうね……」

 「実際ないしねー」

 「あ、そう……」


 勝手知ったる我が家という感じに戸棚から黒い豆を取り出せば、それを豆挽きへと投入し、ガリガリ音を立てて粉末状にし、それを円錐状にしたフィルター紙に入れてカップへ設置。お湯を入れれば湯気立つコーヒーの出来上がりだ。


 「飲む?」

 「うん」


 粉から抽出できるので大体2杯なので、遠慮なく貰うことにした。

 昔はあまり得意じゃなかったけれど、最近になってはそうでもなくなり、朝なんかはよく飲むようにしている。


 「とはいえ、最初にここへ来たときに比べれば大分慣れてきてるみたいね」

 「うん、最近ならもう読み書きもできるようになったし」

 「なるほど」


 そう考えてみれば、いつの間にかそれなりの歳月が過ぎているということだ。

 ドラクンクルトにて正式にギルドメンバーとして登録してすぐ、コハルは先に述べたように旅に出てしまった。最初の間は譲ってもらった家で私にリョー、クロ、レキで過ごしていたわけだけど、それからしばらくしてコハルが帰ってきたところでクロもまたコハルについていくように家を出て、レキは当然のごとくクロの後を追いかけていった。

 で、残された私とリョーは特に目的というのも無かったために日々の糧を得るために色々な依頼を受けていた。

 ちなみに、正式なギルドメンバーになった際には種族を人間と書いたこともあってか人工精霊との契約をしてみたわけだが、出来なかったために契約者になれなかったという経緯がある。コハルは種族をエルフと書いており、エルフはあまり人工精霊に好意を抱いていないという裏の理由から契約をすることはなかった。


 「(まぁしっかりと生きてるみたいだし、問題はなさそうね……)」

 「ん? どうしたの?」

 「なんでもないわ」


 何かを小声で呟いたようだけど、すぐにコーヒーを啜る音にかき消されてよく聞き取れなかった。コハル自身も言うつもりは無いのか、視線を彼方へと飛ばしながら無言でコーヒーに口をつけている。


 「たっだいまー!」


 すると、家の扉を元気な声で入ってくる声が聞こえた。

 リョーが帰ってきたようだ。


 「悪いわね、買い物任せて」

 「だいじょ~ぶ! 今日も色々貰ってきたよ~」


 色んな食材を入れた紙袋、テーブルの上に置く。

 試験とはいえ依頼は依頼。それによって得た報酬でリョーに買出しに行ってもらったのだ。市場では人懐っこい彼女の性格が幸いしてか、気の好い人たちに色んなものを貰ったりおまけして貰ったりしている。


 「あ、コハルちゃんも帰ってきてたんだ~!」

 「そろそろちゃんづけは止めてほしいんだけどね……」

 「え~、こんなに小さいんだからいいじゃない」


 コハルの存在に気づいた彼女は、背後に回れば抱きついている。

 そしてちゃんづけで呼ばれたコハルは渋い顔をした。

 時の恐ろしさというべきか、私とコハルは成長という成長が無いのに対し、リョーは最近になって身長も伸び、胸も大きくなっていた。他にも定期的に気分が悪くなるようで、コハル曰く『ツキモノ』ね。とのことで、【因子保持者ファクター】なのにそこは調整されてないなんて珍しい、と呟いていた。


 「その大きなのが鬱陶しいのよ……」

 「ひゃん。くすっぐたいよ~」


 空っぽになったカップを置いて、仕返しといわんばかりに振り向き、両手で押し返す。


 「ふふっ」


 そんな光景に、つい笑ってしまう。


 「なによ?」

 「どうしたの~?」


 訝しがるコハルに、首を傾けるリョー。


 「ううん、なんでもない」

 「「?」」


 笑いながらそう返答すれば、ますます訳がわからない、といった感じで二人は傾げた。


 口には出さないけれど、ここには日常がある。

 今はクロもレキもいないし、すぐにコハルもまた旅にでる。

 けれど、この光景は日常だ。

 あの日に比べればちょっと賑やかで、楽しくて。

 穏やか、とはいい難いけれど、それは別に悪い意味じゃない。


 「うん」


 小さく、呟く。


 きっとこれは、私の求めていた日常なのだろう。


 もうあの日には戻ることは出来ないけれど。


 あの日には得られなかった、極彩色な日常がある。


 だからそう――


 今の私は、幸せだ。



本編はこれにておしまいです。


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