【Explorer】渡り鳥
「ここも、昔に比べれば静かになったわね……」
周囲を見回しながら歩く彼女の言葉には、どこか哀愁があった。
先ほどから迷いの無い歩きからも、彼女はこの場所をよく知っているのだろう。そして昔というからには、その年月が簡単に数えられるものではないことを言外に指していた。
「昔はどんなだったの?」
「そうね……一言でいうとうるさかった、かしら」
「ええ、この街は鉱山を中心にして発展した場所でね。昼夜を問わず、鍛冶職人たちが採れた金属を叩く音が街中に響いていたのよ。ほら、今も所々で聞こえない?」
と言われて耳を澄ませば、人が行き交う場所に紛れるように、金属を叩くような音が聞こえてくる。
「本当だ」
「今は人の雑踏に塗りつぶされてしまうぐらいの音だけれど、昔なんて凄かったわよ。カンカンガンガン、隣同士のはずなのに普通に喋ってるぐらいじゃ互いの声も聞こえない。音に負けないぐらいの声を張り上げなきゃまともに会話も出来なかったわ」
「それって、夜の寝る時も……?」
「もちろん。職人たちに朝も夜も関係ないわ。そこに金属があって、自らの腕と鎚があるのなら、彼らが手を止める理由なんてないんだから」
懐かしい風にいっているコハルだけれど、正直それは職人の人たちにはやくてもここに住む人たちは普通に迷惑じゃなかったのだろうか。いや、まずそんな騒音に耐えられない人はまずここに住もうとは思わないか。
「さ、ここがギルドね。入るわよ」
木製の立派な拵えのされた大扉を押して、コハルは迷い無く中に入っていく。私たちもそれに続き中へと入る。
「ようこそ、ギルドへ」
出迎えてくれたのは、片目に眼帯をし、頬には切創のある男の人だった。
その体躯はクロよりも一回り大きく、ここにいる全員が見上げるほどのもの。
「【Drigter】の登録をしたくてきたのだけれど」
「【Drifter】? ガーハッハッハ、随分古い名前だなァ! おぉ、オマエさんのその見た目はエルフか!? こんな緑も無いところに来るってのはなかなか珍しい」
コハルの発した言葉がよほどおかしかったのか、その大きな体を丸め、腹を抱えて払う男性に対しコハルは少し不機嫌そうな表情をした。
「それよりも、【Drifter】が存在しないってことを聞きたいんだけど?」
「おお、悪いな。確かに今じゃ人間やら獣人やら、エルフも交流はあるが、確かに長く生きてるエルフならギルドのメンバーをそう呼ぶのは無理ねぇか」
コハルの今の見た目はエルフと呼ばれる種族に近いからだろう、何かに納得のした彼は笑いを納めるとごほん、と咳をした。
「【放浪者】。昔こそそんな意味で使われていた言葉だ。しかし、それはまだ人間が人間としか交流がなかった頃の話。もう数百年以上も前に人間は獣人、エルフ、竜との交流を持つこととなった。それは、エルフの嬢ちゃんだって知ってることだろ?」
「ええ、そうね」
「そう。今まで人間は外に出るだけの力が無かったが、その数百年前にその全てが一変したのさ。当ても無く地図に記されていないような場所を時に歩き、未発見の生物を得るためには時に彷徨い、新たなる敵のために時に腕を磨く。それが【放浪者】だった。しかし、それもやがて変わっていく。未知の領域は既知へ、存在すら確認されていなかった獣人と出くわす、なんてな。そうなれば冒険者として活動していたやつらの仕事は減っていく。そうなるわけには行かないと、当時のギルドマスターが考えたのさ、【放浪者】に変わる別の職業を」
「別の……」
「そうだ。その名は【渡り鳥】。この世界を歩き、様々な仕事を請け負う何でも屋のことさ」