【Explorer】渡り人五名さま
「ほら、着いたわよ。そろそろ起きなさい」
「ん、ぅぅ……」
真っ暗な視界の中に差し込んだ光が私の意識を呼び起こし、私を呼びかける声が私の意識を覚醒させる。
着いた? つまりもう、異世界ということ?
なら、起き上が――
「あ、づっ、つぅ!?!?」
「いい音したわねー。見事な頭突き」
そ、そう、だった。異世界に行くために入った装置は狭くて、ちょっと体を起こそうとするだけで頭をぶつけるんだった。
た、たしか、ここにある取っ手を捻れば……
――ガコンッ
「あ、開いた……」
「無事に出れたようね。他の二人はもう起きて着替えてるわよ。アンタもさっさと起きなさい」
「はい……」
どうやら最後まで装置の中で意識を失っていたのは私らしい。まぁ感覚的には気絶というのかうたた寝してしまっていたのかが曖昧だけれど、とにかく外に出よう。
「いつつ……」
思いっきりぶつけた額に触れてみれば少し熱を持っている。さすがに出血はしていないけれど、ぶつけた反動でぐわんぐわんする頭を支えながら『更衣室-Dress room-』と書かれている場所へと移動する。
「あ、ハクちゃんおはよ~」
「あら、お早うございますハクさま」
「おはよう……でいいのかしら?」
「う~ん。まぁいいんじゃないかなぁ。ボクも少しばかり気を失ってた感じだし」
「はい、私もお姉さまと似たような感じでしたね。短時間の睡眠も気絶も対して変わりませんし、でしたら眠っていたという方が健康的な感じがしてよろしいのでは?」
「それは……よくわからないけれど」
本人たちが納得しているのならいいのだろう。
「それよりさっき凄い音がしたけど~、どうしたの?」
「えっと、それは……」
「あら、ハクさま……額が少し赤くなっておりますけれど、どうしたのですか?」
「えぇと、だから……」
「え、え、ハクちゃん額が赤いって、それ大丈夫なの!? クレハさんになんかされたの!?」
「……ぇたの」
「「え?」」
「……ぅけたの」
「「えぇっと……?」」
「ぶつけたのッ! 起き上がるときに、装置の出入り口開けずに体を起こしたせいで思いっきり額をぶつけて、赤くなってるの!!」
「それは、その、大丈夫ですか?」
「それは額が? 私が?」
「どーどーハクちゃん、落ち着いて。なんか変な感じになってるよ?」
「それは、うぅ……頭いたい」
「そ、それでしたら私の手を当てて……」
熱くなった額に、【霊亀】の差し伸べた手が触れる。
「あ、冷たい……」
ひんやり、という表現が正しいだろうか。
私の額に触れた【霊亀】の手は少し熱くなっていた私の思考を冷やしてくれた。
「ん、ふぅ。もう大丈夫。ありがとう」
「いえ、ハクさまはお兄さまやお姉さまを血の繋がりなく『家族』と言ってくれたと聞きました。であれば、私にとって唯一の血の繋がり方の家族ですもの。でしたら私も『家族』だと思うのです。違い、ますか?」
「……そう、ね。まだ私は貴女のことを良く知らないけれど、だからといって家族であることを否定する理由は無いわ。それに【霊亀】は、クロの妹なんでしょ?」
「はい」
「だったら、私にとっても貴女は家族よ。だから改めて……よろしくね?」
「はいッ!」
――――――
「おう、中々遅かったじゃねぇか。誰かさんが居眠りでもしてたのか?」
「してない。女子の用意はそれなりに時間が掛かるの」
「まぁそう言うんならオレにはどうしようもないけどな……」
「そんなことを言わないでください、お兄さま。寂しかった分は私がお傍にいますから」
「それ単純にオマエがオレに引っ付きたい理由を作ってるだけだろうが」
「そうともいいますね」
「いいから。引っ付くな。離れろ」
もう、お兄さまったらつれないんですから。といって渋々【霊亀】はクロにしがみ付くのを諦め、少しだけ離れた(といっても距離は一歩か二歩ぐらい)。
「ほらほら、準備はできたの?」
「クレハ……って、なにその格好?」
「この世界での私服みたいなもんよ。それより、異世界に来た以上は必ず守ってほしいものがあるわ」
「なに?」
「クレハって名前で呼ばないこと。ここでの名前はコハルよ。いい?」
「……コハル?」
「そう」
「コハル」
「ええ」
「コハル」
「何度も言わんでよろしい」
といっても、しつこいぐらいに言わないとクレハ……じゃないや、コハルなんて呼び方は定着しないと思う。
コハル、コハル、コハル、コハル、コハル。
「コレハ」
「これは?」
「んん、間違えた。コハル」
「どうやったらそんな間違いになるのよ……まぁいいわ。準備が出来てるんならそれでよし。ここから結構移動するから、それぞれこれを担いで」
そういって、私たちの前に並べられたのはコハルの身の丈程はある背嚢だった。
「これにはそれぞれ二週間分の食料と水、諸々が入ってるから。この場所から直近の街に行くのにそれぐらい掛かるの。あぁ、もちろん着替えとか着ている服を洗うための水なんて余分なものは無いから、覚悟してね?」
異世界に訪れて最初の活動は長距離移動だった。




