【Traveler】異世界へと向かうもの達
「♪~」
「……つか、いい加減離れやがれッ!」
「きゃん!」
クロは異世界へと行くためにクレハへとついていっているわけだが、彼の傍にはクレハともう一人の少女がいた。
「まぁ、酷いですお兄さま。妹がこうして親愛の表現をしているというのに」
「普通の妹がどうするのかはしらねぇが、とりあえず人に首に腕回して貼りつくのは普通はしねぇと思うんだがな?」
そう、彼にくっついていたのは【霊亀】と呼ばれる少女だ。といってもそれを名前というのはどうかと思うのだが、唯一ついている呼び名がそれだけなのだからそうとしか言いようが無い。
「確かに、普通の妹という枠組みで考えたら普通じゃないかもしれません」
「そうだろうな」
「ですが、私たちは常識的な存在ではありません。ということは、人間の目線からは普通ではなくとも、【因子保持者】という目線でしたら常識はずれな事もまた常識の範囲内だと思うのです!」
「いや、それはねぇと――」
「なにより、私とお兄さまは互いの肉体を分け合ったもの同士であり、私の体の一部はお兄さまへ、お兄さまの体の一部は私となっているのですから、これは最早一心同体というべきものです。あぁ、いつでも感じられるお兄さまのぬくもり……」
「……どうしてこうなったんだ」
赤く頬を染めた【霊亀】は、頬に手を擦り付ける。その手は彼女の肌の色というには色濃く、またぶ厚いそれは女性の手というよりは男性の手というのが正しいだろう。
対して血の気の引けた様子のクロは、手で顔を覆う。その手は彼の肌に対して色白く、細く綺麗なそれは男性の手というよりは女性の手というほうが正しいだろう。
「そりゃ、腕の吹っ飛んだアンタの手をすぐに繋げるのに使えそうだったのが何故かアンタが持ってた【霊亀】の腕だったんだからしょうがないでしょう?」
「つまり全部の原因はオメェじゃねぇか!!」
「はぁ? 腕吹っ飛ばされて死に掛けてたのを助けてやったんだから感謝されこそ起こられる謂れとかないんだけど!?」
そう、クロと【霊亀】の腕は入れ替わっていた。
実行犯は目の前にいるクレハであり、どうしてそのような考えに至ったのかはわからないが、たまたまクロが【霊亀】から預かっていた片腕を彼の欠損した腕へと移植したのである。
その後、意識を取り戻したクロはもちろんそのことに抗議をしたのだが全てが後の祭り。クロがカプセルに入れられて意識を失っている時間に【霊亀】が現れ、クレハから簡単な事情を聞き、【霊亀】同様に尋常ではない回復力と維持能力によって無事だったクロの片腕を【霊亀】は移植してしまったのだ。もちろん、クロは目を覚ました後に自分の腕が【霊亀】になっていること、そして【霊亀】の失っていた片腕が彼のものになっていることに気づいたわけなのだが、元に戻せと言ってもまず【霊亀】がそれに応じなかったのだ。頑なに、絶対に、死んでも、いや死なずとも、お兄さまの腕は私と共に在りたいのです、などと恍惚とした表情で自らの腕で頬を撫でているのだからもうどうしようもなかった。
となれば実行犯もまた協力する姿勢はなく。どちらかといえば助けてやったんだから手伝えといわれる羽目になっていた。
「……はぁ。それで、このままオレたちはどうすんだよ?」
「そうね、とりあえず目的の場所にはもう着いているのよ」
クロがどうして腕がこうなったのか、と思い返しているうちに目的の場所についていたらしい。
「ほら、とりあえず脱ぎなさい」
「は?」
「い い か ら、脱げ!」
何故か、問答無用で彼のよりも小さい少女に脱がされた。
そして渡されたのは、白い布。いや、広げてみれば体をすっぽりと覆うような服だ。
ちなみに抵抗しようとした彼に対していつの間にか【霊亀】は彼が服に気を取られているうちに着替えていた。
「着替えるんならそういえよ。というか、なんで着替える必要があんだ?」
「簡単な話、生物の肉体データと物質のデータは違うのよ。だから、送る際には別々にしておく必要があんの。本当は全裸が望ましいんだけどね、さすがにそれは嫌だから、出来る限り情報量の少ないものを身に纏っておくって訳。理解できた?」
「それを先に言ってくれたら素直に従ったんだが……」
「そう。まぁいいわ。絶対に必要な荷物って、他にある?」
「んー、いや正直ものに拘りとかねぇしなぁ……。逆に必要なものってあんのか?」
「とりあえず公序良俗さえ守れれば特に必要ないわ。あの世界にはまぁ誰でもなれる職業があるから、最悪それでお金を稼げば最低限生きていけるわよ」
「だったら服以外いらん」
「はいはい。【霊亀】は?」
「私も特には。お兄さまがいればどこでも大丈夫です」
「ずっと気になってたんだけど、オマエ会ったときとなんか性格変わってね?」
「そうでしょうか?」
「いや、まぁ、いいや……」
気づいていない相手に気づかせるようなことを言ってもどうせ意味無いことだと、クロは諦めることにした。なんせ、彼自身聞くのが今さら過ぎる。治療が終わってからほぼずっと貼り付きされていたというのに。
「ほら、さっさとそこの装置に一人ずつ入って寝てなさい」
そう促したクレハ、最後の調整に入っているのか、クロと【霊亀】には目もくれずコンソールを操作している。
無論それに従わない理由は無く、二人は人一人が入るのにギリギリな装置の中へとそれぞれ入り、体を横にした。
――【三分後に、装置が起動します】
部屋全体に、無機質な声が響き渡る。
「………………」
装置の中は真っ暗で、自分の息遣いだけが聞こえてくる。
――【一分後に、装置が起動します】
暗闇は時間をわからなくするが、とりあえず寝てればいい。
――【時間です、装置を起動します。装置の近くにいる者は離れてください】
そして視界は、真っ白になって。
どこか落ちるような感覚のまま、意識は沈んでいった。