一方の二人
『おい、ハクは無事なんだろうな?』
「ええ、人並みには人寂しいって感じだけど健康状態は万全よ」
『それならいいけどよぉ……』
「信用は出来ないでしょうけど信じなさい、アンタ達の怪我を治したのは誰だと思ってるの?」
『それに関しちゃ助かったよ。ついでにオレの体内にあった色々も取り除いてくれたみたいだしな』
「爆弾とか毒に関しては副次的なものね。心臓に仕掛けられてたものだったから、【龍】が心臓潰したときに一緒に潰れたものだし」
『今聞いてもゾッとするけど、それ普通に死んでね?』
「まぁ死んでたわね。死んだ場所が【中央】の最上階じゃなかったら」
『そんで、オマエ来てなければ、か?』
「そゆこと。それで、なんかあったから連絡してきたんでしょ? こっちもそれなりにはやることがあんのよ、さっさと連絡して」
『はいはい、人使いが荒いぜ。いや、この場合は【因子保持者】使い、か? ……とりあえずわかったことだな。いません』
「おい」
『う、嘘じゃねぇっつぅの! オマエが言った場所はちゃんと見てきた、けどいなかったんだって!』
「まぁさすがに簡単に見付かってはくれないか……わかったわ、とりあえず戻ってきなさい。ポイントにまで戻ってきたらもう一度連絡して。そしたらここに呼べるから」
「あいよ。んじゃ――」
『お兄さまー、どこですかぁ?』
『やっべ、もう通信切るな!』
「はいは……って、もう切れてるか」
クレハは暗転した画面を数秒だけ見つめた後に、椅子を回転させて立ち上がる。
「クロ君の連絡はもう終わったの~?」
「ええ、【対因子部隊】の連絡網も把握してるし、これで今後新しいのがここまで来ることはないでしょうよ。まぁその分、しばらくはアンタがその格好で最低限の接触をしてもらう必要があるんだけど」
立ち上がった彼女の正面には、黒づくめの格好をした人物がいた。
しかし、その中身から発せられたのは男性の声ではなく、女性のもの。
「まぁ声出さなきゃバレないんでしょ~?」
特徴的なのは間延びした声だ。
「ええ、そのマスクのカメラもスピーカーも改造済みだから、手振りでも添えてくれれば大丈夫よ」
「は~い。それでさ……?」
「なに?」
「さっきの銃声は、誰に向けて撃たれたの?」
瞬間、場が凍った。
「………………」
そう錯覚してもいいぐらいの殺気が、クレハに向けてぶつけられている。【対因子部隊】の格好をした中身の人物はマスクのせいで表情こそ読み取れないが、笑顔のままなのだろう。そしてそれで、今にもキレかけている。
短い付き合いではあるが、クレハはそれがわかっていた。
「クロ君に対する答えは、ボクたちが最初に約束したことについてなのはわかってるけど――」
「大丈夫よ、それは無い。さっきのは、まぁ私のミスよ。まさか部屋の外に勝手に出るとは思ってなかったし、出会うとも思ってなかったから本当にギリギリだけど、間に合ってたわ。だから、五体満足よ」
「ふ~ん。なら、いいけど」
「【青龍】、あんた笑顔浮かべてる割には三人の中で一番短気よ?」
「それは、ボクにとっての逆鱗に近い位置を一番刺激してるからだと思うよ~」
【青龍】……つまり、リョーカ・ブルーノ。
彼女は今、【対因子部隊】の格好をしていた。
理由は色々あるのだが、一番は変装している先の相手を騙すためだ。
何も問題ない、と連絡を取ることはできても、一定の期間ごとに一度は戻らなくてはならない。幸いともいうべきかクレハたちのいる5階層は割り当てられた人員が一人だけであり、さらにはその人物さえ定期的に連絡をとれば問題ないとされているためか、あの時ハクと遭遇してしまった哀れな犠牲者はこうして現在、リョーが入ることで問題を解決させた。
「とりあえず、無事よ。それと、夜は一度だけ戻って問題が無いということを報告しなきゃいけないから行ってきなさい。それと、ついでに食料も貰いたいから、あたしが合図したら行動して」
「りょ~かい」
「もし知り合いっぽい奴に出くわしたら腹でも痛い振りして逃げることね。一応は人工的な音声を使って誤魔化せるけど、そう何度も使えるものじゃないから注意して」
クレハは伝えることは伝えたと、そういう雰囲気で再度椅子に座ると、画面へと視線を向けながら端末を弄りだした。
リョーは当然、彼女が何をしてるかなぞわかるわけはないので、とりあえずはどうしようかと考えた後に目的の時間になるまでは適当にぶらつくことにしたのだった。
「ふぅ、行ったわね……」
無人の部屋。いや、正確にはクレハがいるが、彼女以外はいなくなった。
「【白虎】には悪いけど、もう数日は部屋にいてもらわないとね」
でなければ、色々と面倒だから。
クレハは柏に対し嘘を吐いている。
それは簡単な話が、カプセルになぞクロもリョーも入っていないということだ。
先ほど通信越しで話していたのはクロであり、さっきまで部屋にいたのはリョー。どちらも五体満足だ。
ただ、怪我については彼女は嘘をいっていない。リョーの胴体にド派手な穴と共に色々と零れていたのは事実であるし、クロの心臓が潰された上に手足が見事に切断されていたのは事実なのだ。少しでも処置が遅れていれば二人とも死んでいただろう。
しかし、場に現れたクレハの手によって二人の傷は完治した。そして、真っ先に目を覚ましたのもその二人。カプセルの中は【因子保持者】の肉体の状態を一定のレベルに維持し検査などが行えるようになっているわけなのだが、それでも【青龍】と【玄武】の治癒能力は凄まじかった。
対して最も軽傷ともいえる【白虎】は怪我こそ完治したのだが、中々目を覚まさなかった。肉体的ではなく、精神的なものだろうとクレハは判断し、カプセルから出した後はああして個室で寝かせていたわけであり、つい先日目覚めたということだった。
その目覚めの差を利用して、クレハ一計を立てた。
つまり、柏を無事に治す代わりに、しばらくこき使わせろ、というものを。
クロもリョーも少しだけ躊躇いはしたが、それでも最終的には頷いた。どうすれば彼女が目覚めるのかなんて知らない以上は、クレハの思惑に乗るしか選択肢が残されていなかったからだ。
結果として柏は無事に目を覚まし、五体は満足だ。それはクロもリョーも把握している。
しかし、柏にはそれを伝えなかった。なにせ、伝えれば彼女が二人に会いたいというのは自明の理であり、それをするにはまだクレハにとって都合が悪いからだ。
といっても延ばせる期間は精々数日がいいところ。運よく、というべきか柏が【対因子部隊】と出くわしたおかげでしばらくは外に出ようという意思は湧かないだろう。その間に、彼女はやるべきことをやるだけだ。
「とりあえずは、情報の整理からね……」
疲れた声を吐きながら、クレハは情報が乱立する画面へと視線を戻すのだった。