それは見覚えのある姿
かちゃりかちゃり、と音が鳴る。
私が歩くたびに揺れる食器がぶつかりあって響く音だ。
私の体の揺れによってなるその音を聞きながら、時々連なった音になるのが楽しくて、ついつい無意識に体は揺れていた。
かちゃかちゃかちゃり、かちゃかちゃり。
「♪~」
誰もいない空間だからこそ、できること。
部屋を出てすぐに右か左を選ばされたけれど、とりあえず左にいくことにした。
とりあえず、どこかに部屋があればそこに入ってみよう。
もしクレハが私のいない時に部屋に来ればきっと探してくれるだろうし、問題は――
「くそ、こんなところの警備に回されるとかついてないぜ……」
「!?」
通路の角を曲がろうとした瞬間、男性の声が奥から聞こえた。
どういうこと!?
さっきまでは大人しかった心臓が、一気に早鐘を打つ。
体の震えを通して、食器の音が鳴る。
さっきはあれだけ楽しかった音も、今は私がいるということを告げる騒音にしかならない。
とにかく、とにかく、食器、しょっきを、置こう。そうすれば、この音も消える。
膝を曲げて、ゆっくり、ゆっくりと、食器、を。
「あ」
がちゃん。
「あ? 何の音だ?」
置く瞬間、指の痙攣で食器が音を立てて床へと置かれる。そしてそれによって、角の奥にいるであろう男の声が、こちらへと気づいた。
どうし、でも、え、いや、もしかしたら、味方かもしれないし、けど、もしそうじゃ、いや、だったら、逃げる……どこに、今から戻っても見付かるし、でも、いつでも動けるようにしないと――
「(からだ、動かない……!)」
曲がった膝が、持ち上がらない。それどころか、床に貼りついてしまったかのように脚が動かない。
やだ……。
男といって出てくるのは、白と黒。
やだ、やだ!
黒づくめと、白衣。
やだ、やだ、やだ!!
さっき、声がした男のこえはくぐもってて、警備って言ってた。つまり、黒づくめの男の可能性が一番高い。
今の状態の私じゃ、抵抗できない。
良くても死。悪くても死。
「あ、子供? 一体どこから……」
「ひぃ!?」
「まさか、【因子保持者】が逃げ出したのか!」
「や、やめ……」
「何だからしらねぇが――」
男の表情はわからない。けれど、それが逆に怖い。
銃口が突きつけられる。
突然現れた、死。
「脱走者には死んでもらう――!」
「あぁ――」
絞られる引き金。
ゆっくりと。
死が近づいてくる。
「(死にたくない!)」
「はぁ、ったく。勝手にどこかへほっつき歩いたかと思えば、ややこしいことしないでよ……ねッッ!」
「がぁッ!!?」
ぱぁぁあああん!!
銃声が、響き渡った。