一か八かでも可能性を求めて
柏をカプセルから出す、と決めたはいいものの、どう出せばいいのかを二人は考える。
最も手早く簡単な方法は物理的にカプセルを破壊すること。
しかし、この方法は色々とリスクを含んでいる。例えば力加減でカプセルを砕いた際にその破片が柏へと突き刺さってしまったり、恐らくは彼女に空気を供給しているマスクが止まり水中ということもあって溺れる可能性、あとは何らかの処置をしないと出すのが危険な状態にある、というのが真っ先に挙げられる。
となると、次に考えるのは正規の手段で柏をカプセルから出すという方法だ。
これは装置の操作方法がわかっていれば簡単なのだが、そこに今までの下の階にあったような何かしらの認証が必要な場合は一気に難しくなる。なにせ今二人はそういった物を持ってもいなければ知りもしない。あるとすれば桐峰の猛攻を飄々と対処し続けている男が知っているか持っているわけなのだが、それを得るのは至難といえるだろう。
「とりあえずは、あのカプセルを開けることができるか試してみるか」
「ボクらってああいうのの操作は全部ハクちゃんに任せてたから、わからないのは触らないようにしないと不味いよね」
男の注意は今のところ桐峰が惹けているといえるだろう。もし二人が操作盤の方へと行かせたくないのなら、妨害をしてもおかしくはないぐらいに彼には余裕があるように見えている。
モニタには難しい文字列が並んでおり、それを全て理解することは難しかった。
というのも、柏の入っているカプセルというのは多く存在しており、彼女はそこにあるカプセルに入っている多くの一人だからだ。それだけに、似たような画面がいくつも並んでいるというのがカプセルに何かしらの影響を持っている画面だというのはわかるのだが、その目的である柏の入っているカプセルがどれかはわからなかった。
「共通してるのは……」
「これは? ほら、MとFってあるけど……多分|オス(Male)と|メス(Female)ってじゃないかな? シャルに習ったことがあるよ」
「となると、この画面にあるMを除いて、Fだけに絞ればいいのか……」
性別でカプセルを見分けると、それによってまずモニタ内にある画面の二割を考えなくてよくなった。
「次は……だぁくそ、性別以外で判断するのがわかんねぇぞ!?」
「ん、と、これは? えぇーと、I/Oってある文字のところにIだけ赤くなってるのと、Oだけ赤くなってるのがある」
「Iは確か、Inで、OはOutだっけか?」
「うん、けどこれだとどっちが反応してるのかがわからないよね……」
「試しにそこを弄ってみるか? 赤く点灯してるIの方を……」
「もしその弄ったのがハクちゃんので、それが致命的なミスだったらどうするの??」
「いや、んなこたぁわかってる。だから、弄るのは男の方だ。悪ぃとは思うがな」
「……そうだね、はっきりいって優先事項はハクちゃんだ」
言うなり、リョーがモニタへと指を伸ばしてMとある画面のI/Oの部分を押した。
すると、赤く点灯していたIの部分が暗転し、逆にOの部分が赤く点灯した。
遠くから、ばしゃぁあああんと何かが大量にこぼれる音が響き渡る。
それで確信するのは、カプセルから液体が排出されたということか。
排出されたことによる影響はこの際二人は考えていない。最悪カプセルの中にいたであろう誰かが死んでいるのかもしれないが、そんなことを気にしていられるほど二人に余裕はなかった。
「よし、Iが点灯しているほうが入ってる」
「じゃあ、Iが点灯してないのは無視だね」
どうして入ってもいないのにMやFがあるのかはわからないが、することは変わらない。ともかく優先すべきはFでIが点灯してる画面。これで半分ほどなくなった。
「あとは何だ……?」
「………………」
これ以上となると、より専門的な単語が並んでおり、それを理解するのは難しい。リョーもある程度までなら彼女を生み出したシャルロッテに教わっているのだが、それでもある程度であり詳しいことはわからなかった。
「……今から、Iの点灯してるヤツを全部押してく」
「クロくん!?」
「どうせこのままこの画面を眺めてたって状況がよくなるわけじゃねぇんだ! だったら一か八かでもやるしかねぇ!」
「でも、それで間違えれば――」
「わかってる! ならこの状況を今すぐどうにかする方法はあんのか!?」
「っ」
「駄目だったら、そりゃ、駄目だけどよ……可能性がある以上はもうそれに賭けるしかねぇだろ? リョー、もしこれを押してカプセルが開かなかったりハクに何かあったら、今すぐカプセルをぶち壊してくれ。オマエがカプセル前に待機してればすぐに対応できる」
「……わかった」
渋々ではあるものの、リョーはクロの提案に頷いた。結局、時間のない状況下で代替案を出せなかったというのもあるが、彼女自身現状で打てる手がそれしかないと思ったのもまた事実だった。
リョーはカプセルのある部屋へと入るための扉を開く。
掛かっていた鍵は水を操ることで物理的に解錠し、特に問題がないことを確認してクロへと合図を送る。
クロは合図と共にFの文字と点灯したIのある画面を片っ端から押していく。
次々に点灯していたものが暗転していき、先ほど同様液体が勢いよく流れる音が連続して響いていく。
押した画面が半ばとなったあたりだった。
「「ッ!!」」
柏の入っていたカプセルがカチンと音を鳴らした。
それと連動して、カプセルの半分が開く。それと共に液体が排出されていき、彼女の口鼻を覆っていたマスクが取り外される。
カプセル内の液体が抜けていくにつれて重力に引かれて髪が彼女の体へと張り付いていき、意識が無いためにその体が傾いでいく。
「ハクちゃん!!」
開いていくカプセルと共に落ちそうになった柏をリョーは悲痛な叫びをあげながら用途不明の液体に臆することなく彼女のもとへと駆け寄った。
服が濡れることは気にもせず、濡れたからだの柏を抱きかかえるリョー。
「すぅ……すぅ……」
「よかった、息はちゃんとしてるし、心臓も動いてる……」
意識はなくとも正常な呼吸を確認して、脈も乱れていない。
見た目上はいたって健康だった。もちろん、ここに来るまでに負った深い傷も完治している。
「とりあえず、外に出よう」
柏の安否が確認できたところで、リョーは彼女を抱きかかえる。
体格差はそこまで無いが、【因子保持者】の膂力であれば抱える程度のことは大したことではなかった。
ただそれよりも、
「ハクちゃんの服、どうにかしないと」
リョーは全裸である彼女をどうしたらいいかを考えて部屋から出るのだった。