男は弁を振るい、彼は拳を振るう
「【龍】クン、キミは実際のところ成功作でもあり、失敗作でもある。いや、正確には不良品かな。後天的な【因子保持者】というのは本来存在していない。だが、物事には始まりというものがあり、その始まりを作り出したのはキミだ。とある伝手で本物の龍の血を手に入れたのがきっかけではあるが、気まぐれで移植した龍の血をキミは3度に渡る生死を繰り返し、その身に適合させた。あの時は震えたよ。やはり人間の可能性というのは素晴らしいとね。一度の生で適応できないのなら二度目の生を、二度の生でも適応できないのなら三度目の生を。そうしてキミは他の人間でも、この世界に住む生物でもなく、別の世界からもたらされた遺伝子を呑み込んだんだ。とはいえ、人類の可能性を信じているからこそ、その可能性がどれだけ低いのかもわかっている。結局キミのあとに適合した人間は誰一人おらず、ましてやこの世界の生物の遺伝子を後天的に移植した人間はみんな拒絶反応を起こして死んだ後は目覚めることがなかった。結局、人間は人間以外の遺伝子を取り入れるには生まれから取り込まなくてはいけないわけであり、それは純粋な人間というよりは亜人なんだよ。まぁ、ある意味ではそこで興味も尽きたんだけどね。しかしまぁ、こっちとしては飽きた玩具を勝手にスポンサーだなんだといって関わってくる奴らには最高の玩具だったらしくてね。こちらとしてもどうでもいいものを提供するだけで好きに出来るのだから好きにさせてね。まぁ、もしかしたら面白いものも見れるかもしれないし、世の中というのはどうでもいいものから世界を一変させるものが生まれることもあるから勝手に送ってくるデータには目を通していたがね、それこそ興味の惹かれるものはほとんどなかったね。そもそも彼らのしたかったことというのはあの地下施設のことだしね。まぁったく、理性はなく本能に身を任せるというのは人間として最も愚かな選択だと思わないかね、理性と本能を使い分けられることができるからこそ人類であり、生物の頂点に立っているという証拠なのに、それを自ら捨てるだなんて……」
「少しは黙ってろ!!」
「おっと」
桐峰、クロ、リョーの猛攻を、男はたった一人でいなしていた。それでありながら彼の口からは流れるように言葉は紡がれており、それが彼をまったく追い込めていないということを感じさせて桐峰は怒鳴った。
右からクロが、左から桐峰が拳を振るうが、男は特に意に介した様子もなくぱしん、と軽い音で受け止める。
さらにその背後から水の槍を形成したリョーが足を止められ、左右の手を封じられている男の胴体に向けて槍を突き出す。
だが、彼はとん、と床を蹴ると空中で宙返りをし、桐峰とクロを飛び越えて槍の一撃を回避した。
「そもそも、キミを【因子保持者】とした原因こそあるが、恨まれる筋合いというのはないとおもうんだがね?」
「どの口がそれを言う!?」
「わかっていないのかい? いいや、知っているはずだとも、気づいているはずだとも、キミはあの時こちらの気まぐれによって龍の血を移植されなければあの時に死んでいたと。いや、結果的には3度死んでいるんだったな。しかし、キミは結果的には生きているし、ただの人間であったときに比べれば遥かに進化した。考えたことはないのかね、今ある力があの時あれば、っていうのは? あぁ、けれど記憶を一度失ってるわけだからあまり実感はないのかな?」
「ッッッ!!!」
男の言葉に感情はあまり込められていないのだが、それだからこそ当事者である桐峰にはその男の言葉がバカにされていると感じ、怒りはより深く強くなっていた。
感情の昂ぶるままに、彼の全身から猛烈な風が逆巻き、服をはためかせる。
すぐ傍にいるクロとリョーはあまりの風の強さに桐峰のほうへと顔を向けることができない。
暴れる風は嵐の如く。
自らをこの境遇にした男へ向けて無数の風の刃を叩きつけ、さらには当たれば相手をズタズタに引き千切ることのできる風の刃を拳に纏わせて振りぬく。
しかし、男はそのどれもをまるで視えているかのごとく時には身を屈め、時には跳躍し、時には動かずにやり過ごす。男に当たることのなかった刃は背後の壁を切りつけて、破片を撒き散らして壊れていく。
その中へと桐峰の拳が男を襲うが、傷つけられたのは彼の身に纏っている白衣の端っこがせいぜいだった。
「『四瑞計画』によって造られた作品の中に【黄龍】というのがいたんだけどね、アレの能力は便宜上は【未来視】になっている。が、正確には違う。あれは非化学的な能力ではなく、極めて高度且つ精度の高い計算によって身に着けられた能力だ。つまり、視覚、聴覚、嗅覚、触覚の四つを駆使して得られた情報を脳が計算し、相手の行動や状況を予測する。加えて足されるのは己の経験であり、無数に選ばれた可能性を勘という形で自分に降ろす。【黄龍】の場合はそれが視覚的情報に強く作用していたようでね、それが未来が視えるという形になり、【未来視】ということになる。【未来視】……あれをより正確な定義づけをするのなら、【未来予想】。限られた条件であるがそこで発生する全ての事柄を計算すればそれは未来に起きる解となり、その解を用いてより先の計算を行った解はすなわち未来に起こる出来事を意図的に作り出すことが可能だと思わないか?」
「何がいいたい!?」
「簡単な話さ、【龍】の能力というのは風を操っているわけだが、風というのは計算できる。計算できるならば解を求められる。解を求めることができるならば対処ができる。それだけさ」
桐峰は気づいていない。
押しているのが彼であるが、それは男が一度として彼に反撃をしていないからだ。
男は喋りこそするが、基本的には回避をし、時折受け止めたりいなしたりしているだけなのだ。
その光景は、クロとリョーは気づいていた。
あの二人の中に入り込もうにも、桐峰の風がそれを邪魔しており、下手に介入しようものなら被害を受けるのは自分たちだとわかっていた。
それだけに、二人の光景を冷静に見ることもできた。
「おい、リョー」
「わかってる」
少しの間だけその光景を見てしまっていたが、クロはそこで隣にいるリョーに向けて声を掛ける。
たった一言の呼びかけであるが、それだけリョーは彼の呼びかけの意図を察した。
背後を見る。
そこには、未だカプセルで眠る柏がいた。