不死なる鳥を宿した青年
クロとリョーの戦いが終わりに差し掛かる頃、【龍】こと桐峰は一人の青年と対峙していた。
「【鳳凰】」
「【朱雀】の後継ってことか」
「そ」
気だるいと言わんばかりの表情に、今にも眠ってしまうんではないかと思わせるような閉じかけの瞼。ボサボサな髪は金と朱色が入り混じり、揺れる体と一緒にゆらゆらと揺れるその髪はさながら灯火のようにも見えた。
桐峰は目の前にいる青年の存在が『四瑞』と括られる架空の生物を模した存在であることを知っている。それは先ほどお喋りしてくれた【麒麟】がもたらしてくれた情報であるが、彼自身の知識として『四瑞』の生物については文献などを調べていたこともあって知っていた。
【黄龍】、【麒麟】、【霊亀】、【鳳凰】の四つ。
彼は自分の手で【麒麟】を殴り倒しているので、残りは三人。そして三人のうちの一人がここにいる。
「一応聞きたいんだけど、ここを素直に通らせてくれることは?」
「ない」
「そうか。どうして君は、素直に彼らの言うことに従うんだい?」
「おや」
「……そうか」
互いの言葉はそこで途切れた。
静寂はわずか。
先に動いたのは桐峰だった。
彼我の距離は大分あったが、それは普通の人間にとっての大分だ。【因子保持者】としての身体能力であればその程度の距離は一瞬で詰められる。
彼の挙動は最小限に、添えるように突き出された拳が【鳳凰】の胸に当てられるのと彼の胸が裂かれながら吹き飛ぶのは同時だった。
【鳳凰】は声を上げることもなく壁に激突して停止する。
実際のところ、桐峰の今の攻撃は【麒麟】を殴ったときよりも遥かに威力が高かった。拳の周りに風を纏わせることで殴りつけた際の打撃力だけでなく、風の刃による殺傷力を同時に付帯させており、まともに喰らえば致命傷は免れない。
だが、それだけの一撃をまともに喰らったはずの【鳳凰】は何も起きていないかのように平然と立ち上がる。殴られた周辺の衣服は風の刃によってボロボロになっており、その際に飛び散った血によって服にも血は滲んでいる。だというのに、破れた服の隙間から見える彼の肌には傷一つ存在していなかった。
「無傷……いや、一瞬で回復したのか」
【鳳凰】。それは不死の鳥と同等の存在。【朱雀】もまた起源は同様とされており、【朱雀】の【因子保持者】であったクレハという女性はあらゆる傷を治し、寿命もまた永遠に等しい能力をもっていた。だが、【朱雀】には弱点がある。それは傷を負った際に修復と一緒に成長が行われるということ。加えて深い傷であればあるほどに肉体が修復するときは壮絶な痛みをもたらすらしい。極めつけは【朱雀】の肉体的成長寿命が約30歳とされており、肉体年齢がそれを越えると死んでしまうというもの。不死というにはあまりにも歪なものだった。
【朱雀】の秘密について知ったのは今は木春とでも名乗っている少女から教わったものであるが、ダメージを負ったにしては回復による肉体の成長がされているわけでも、修復による痛みがあるようにも見えなかった。
どういう訳かはわからない。だが、普通の打撃や斬撃では瞬時に回復してしまうというのならば回復の難しいダメージを与えればいい。
起き上がった【鳳凰】は、何かするようには見えない。それでも何かされればどうにかできるという自信を持っている桐峰は再度動き出す。
先ほど同様の動きで距離を詰め、今度は掌打ではなく貫手。狙いは心臓、握りつぶして野に捨てれば回復がどうこうというレベルではなくなるだろう。
そしてまたも何の抵抗もなく彼の手が【鳳凰】の胸を貫こうとしたそのとき、これまで対処することのなかった彼がわずかに身体の軸をずらし、桐峰の指先が胸へと突き刺さる直前に左の手で掴もうとする。
掴まれたところで強引に刺し込めばそれでよかったのが、桐峰はここで下がることを選び掴まれるよりも早く腕を引っ込める。だがそれだけで終わるわけはなく、手を下げる際に行われたのは手刀を形作った彼の手が伸ばされようとする【鳳凰】の指を切り飛ばした。
赤い鮮血が舞い、人差し指、薬指、中指、小指のほぼ第二間接が宙を待った後に床へと落ちた。
これよって彼の左手はもう使い物にならない。そう確信していた。
だから次に青年がとった行動は非常に衝撃的なものだった。
「あ」
「……指を、食うのか」
【鳳凰】は指が床へと落ちたのを確認すると、ごく自然に、服についているボタンが外れてしまったかのように視線を下に向けて無事な手を使い切り落とされた指を拾ってく。それをどうするのかと警戒した桐峰であったが、そんな彼の警戒など知らないとでもいわんばかりに何の躊躇いもなく指を口の中へと放り込むと、なんどか咀嚼したのちに呑み込んでしまった。
変化はその僅かあと。
ぼこり、と彼の体が波打つ。
もう一度ぼこり、と波打つと隆起したコブが胸を膨らませて、左肩を膨らませて、左の手の先まで辿り着く。起こったのは、到底人間の肉体を持つものがしていい再生の仕方ではなかった。切れた手の断面が小さくあわ立ち、ごきりめきりと音に慣れていないものであれば身の毛もよだつ音をならして指は生えていった。
表面上はデメリットを感じさせない、欠損部位さえ治してしまえる回復能力は驚異的といえた。
「確かに驚異的な回復能力だけど、今の二回をほとんど抵抗もしないっていうなら、別に通してくれてもいいんじゃないか?」
「め」
【鳳凰】は首を小さく横に振った。
それは否定の表現。
だから桐峰は、吐きそうになった息を呑み込んで、【鳳凰】のこめかみに向けて蹴りを打ち放った。