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Factor  作者: へるぷみ~
青年はその因縁を睨みつける
156/187

片腕の約束


 クロがすることはいつも単純である。


 力任せに押し通す。


 それだけ。


 いちいち色んなことを考えて、動くというのは彼にとってはどうしても性に合わない。

 戦闘において力加減をするというのが最たる例だ。彼にとって命がけの場面では己の全力を出すのが当然であり、後先考えながら戦うというのはどうにも苦手だった。


 それだけに、いやそれだからこそ彼には退けないものもある。

 技術を捨て、力だけでやってきたからこそ力で負けるわけにはいかない。


 故に、自分たちよりも後に生まれながら自分たちよりも上にいるという【霊亀】という存在には負けるわけにはいかなかった。


 「てぇえええい!」


 横薙ぎの一閃を身を屈めることで一旦避ける。これではない。


 「やぁあああ!」


 クロに向かってぶ厚い氷剣振り下ろされる。これだ。

 幾度目かの、地面を砕く音。いつもであれば飛び散る破片を喰らわないために出来る限り爆心地からは離れるべきなのだが、今回はそうもいかない。

 下がるのではなく、前進を。


 地面にめり込んだ刃は剣幅の三分の一ほど。それでも、自分の身長よりは幅はなく地面にめり込んでいるおかげでより押さえるべき場所は低くなっている。これなら、押さえ込める。


 刃のない刀身を脇に挟むことは出来ず、掴むための窪みはない。


 なら、作ればいいだろう。


 「おらぁあああ!」


 剣の腹に向けて、拳を突立てる。

 がん、という鈍い音が響き、氷の表面が砕け、拳が突き刺さる。


 「あら、お兄さまったら剣を壊そうとしても無駄ですよ。それはすぐに再生することができますもの」

 「はっ、そう思うんならそう思ってなぁ。おらぁあああああ!!」


 氷の中へと突き刺した拳はそのままに、空いているもう片方の手を思いっきり氷の大剣へと叩きつける。

 がん、と鈍い音が鳴るがわずかに表面を砕けただけ。さすがに体勢よくないためか上手く力が乗らなかったようだ。

 なら、二度三度と続ける。

 がん、がん、と叩けば少しずつ砕け、やがて拳を突き入れるのには十分な窪みが出来上がる。


 「もう、無駄だと言っているのに……。それで終わりですか?」

 「あぁ、オレの準備は終わったよ」

 「それは――」

 「ちょーっとだけ想像と違うけれど、時間は十分稼げてたしまぁいいか!」

 「っ、なるほど確かに、お兄さまがああならお姉さまが動くのは道理ですか。ですが、近づかせませんよ!!」


 ぐっ、と大剣の柄を握る手に力がこもる。

 それによって、氷の大剣が床から引き抜かれ持ち上がれようとする。


 「さぁせるかぁああああああああ!!!」


 しかし、そうはさせない。

 高らかに咆哮し、全身を喚起させ、持ち上げられようとする大質量のそれが持ち上げられる行為を留めんとクロは力を込める。


 「わたくしと力比べをするということですか、お兄さま!?」

 「そぉだよ、力比べだよ!!」

 「無駄なことを!」

 「無駄かどうかは、やってから言いやがれぇえええええええ!!」


 どん、とクロの体を衝撃が襲う。

 ミシミシと音を立てて氷の大剣は埋まっていた地面から持ち上げられようとしている。

 だが、そうはさせじと彼は腕に、腰に、脚にと力を込めて全力で抵抗する。


 「くっ……!」


 【霊亀】は焦った。

 そこに慢心があったかどうかとされたら彼女にはあった。どのような手段を用いられてもどうにかできるという自信があったから。一筋縄ではいかないというのは何となく思っていたことであるが、最終的には勝てるという驕りはあったのだ。


 それだけに、あっさりと引き抜けると思っていた氷の大剣は僅かずつでも持ち上がってはいるものの、まだ引き抜けてはいない。

 そうこうしているうちに、彼女の下へとリョーが駆けてくる。


 とはいえ、【霊亀】はここでクロとの力比べをそうそうに放棄し、リョーを迎え撃てばもう少し簡単にことはすんだのだ。どころか、彼女の勝利を揺るがないものにしたかもしれない。

 だが、判断を間違えた。


 大剣を握る柄を彼女は離さなかった。

 自らが持つ武器によってリョーを迎え撃つという意思に囚われてしまい、他の可能性を考えなかった。


 故に。


 「クロ君、今すぐ大剣から離れて!」

 「りょーかい!!」


 「な、いきなり、力が!?」


 最後まで大剣を持ち上げようと力を込め続けていたところに、押さえつけていたクロの力が消え、行き過ぎた上へと持ち上げようとする力は暴発する。

 【霊亀】の望みどおり、大剣は持ち上げられた。しかし、想定していた力以上の力で持ち上げたことによって腕は高々と天を指し、不意の出来事によって体が浮いてしまった。


 視線は勢いによって上空高々と目指そうとする腕と氷の大剣に向けられて、すぐに目の前へと視線は戻る。


 目の前にはリョーがいた。

 その手にはいつの間にか水の剣が握られていた。

 薄く、水というのに鋭い、という印象を与える剣。

 クロは少し遠くてわからなかったが、すぐ近くで剣を目にした【霊亀】は気づく。その剣の刃が波打っていたことを。それがその剣の刃であると。


 「はぁあああああああ!!」


 振りぬかれる。

 それに音はなかった。


 【霊亀】が感じたのは、肘から先の感覚がないこと。それは今頭上にある大質量の大剣の重さを感じていないということ。

 振り子の如く勢いを失っていない大剣が浮く。

 それに釣られて、柄を未だに掴んでいる肘の先がズレる。


 ゆっくりと、放物線を描いて大剣は彼女の背後へと落ちた。

 ぱたた、と頬を生ぬるい水気を帯びたなにかが付く。

 力の抜けた肩は重力に従い、すとんと降りた。


 肘から先はない。


 思い出したかのように肘の先から赤い水滴が草原を濡らすが、ただの映像であるそれは赤く染まることなく緑に呑まれた。

 普通の人間であれば、腕を切り落とされた時点で多量の出血がされるのだが、【因子保持者ファクター】の中でも高い自然治癒力を持っている【霊亀】の腕から落ちたのは最初の一滴だけ。離れ離れになった肘の先も治癒能力は残っているのか、離れた瞬間に溢れた数滴以降は出血も起きていない。


 氷の大剣が崩れ、霧散する。


 飛び散った氷の粒は幻想的な光景を生み出したが、それに目を奪われたものは誰一人としていなかった。

 アレだけの大質量を有する氷は何事もなかったかのようにその存在を消した。


 「まだ、やる?」


 【霊亀】の眼前に、水の剣が差し向けられる。

 どうやら、問答無用で殺すわけではないらしい。


 「いえ、わたくしの……負けです。お姉さま」


 別に自分の生死は彼女にとってどうでもよかった。恐らくこのまま生きていたところで役目を果たせなかった彼女は処分される。それなら今、リョーに殺されるのもありかと返答してから思ったが、すでにこちらへ向ける敵意の失せている相手にそれを言うほど彼女も無神経ではなかった。


 「いちおう、何となったか」

 「以外でした」

 「あ?」

 「報告書カタログに書かれていた身体能力スペックでは、【玄武】で【霊亀】に勝つことは不可能だと言われていました」

 「ま、そうだろうな。実際力比べを続けられてたら負けてだろうし」

 「そしてお姉さまの【水を操る】という能力はわたくしのもつ【氷造】との相性は最悪であるとわかっていました。それゆえに、最後のあの瞬間で水の剣をお姉さまが出したとき、それを凍らせて主導権を握ればいいと思っていました。しかし、そうはならなかった」

 「んー、まぁあの能力の欠点は少しだけわかってたからねぇ」

 「どういうことですか?」

 「ボクが最初に水の槍を奪われるときに、一瞬で水の槍を奪われたわけじゃない。少しの間があった。それが決めてかな」

 「それじゃ説明になってねぇぞ……」

 「あれ、そう? まぁあれだよ、確かにボクの水は【霊亀】ちゃんに主導権を握られちゃうけどさ、それって一瞬で奪われるわけじゃないんだよ。だから、さっきの水の剣のように一瞬でことを済ませられるなら水も凍らされないってわけ」

 「それがわかってんなら対抗手段もわかってるってことじゃねぇか……」

 「そうでもないよ。彼女がどこまで戦えるかなんてわからないのに、様子見のためだけにボクの攻撃手段の水を減らすわけにはいかないじゃない」

 「まぁ、なんとなくわかった。それで、どうすんだコイツ?」

 「わたくしとしては、別段殺されても構いません。旧型に勝てなかった時点でわたくしの処分は決まっておりますので」

 「とかいってるが?」

 「やだなぁ、さっきは確かにボク、殺しはしたけどさ。あれは柏ちゃんを傷つけられたからやり返したのであって、今回は別段ボクもクロ君も大した被害はないんだよね。それなのに殺すっていうのはなぁ。あ、それよりその腕、大丈夫? 斬った本人が言うのもなんだけど」

 「ほんとにな」

 「命には別状はありません。お姉さまの切り口も綺麗ですので、腕をくっつければ治せるとは思いますが。……その必要もありませんし」

 「どういうことだ? 別にこれ以上オレたちと戦う気がないってんなら――」

 「ですから、必要ないのです。このまま腕をくっつければ、戦えるという判断の下また戦うことになるでしょう。ですのでお願いします、いますぐにでも、あの腕を再生が不可能なほどに壊すか、わたくしの心臓を潰して捨てるか、この頭を砕いてください。そうすれば、二度とお二人と、そして【白虎】や【龍】とも戦うことはなくなります」

 「「………………」」


 【霊亀】の瞳に迷いはなく、恐れもなかった。

 二人へと差し出された三つの選択。

 そのうち二つは、実質的に彼女を殺す。

 残された一つは、彼女の今後に大きな影響を及ぼすだろう。

 しかしそのどれもを選ばなかった選択をすれば、きっと次こそはどちらかが死ぬまで戦うことになるのだろう。


 「はぁ、面倒くせぇ」

 「クロ君?」


 最初に動いたのはクロだった。

 ため息を吐き、後ろ髪を掻きながら歩き出す。その先にあるのは【霊亀】の体から切り離された二本の腕。

 彼はそれを見下ろした。

 そして――


 「おい、この腕の再生能力ってどうなってんだ?」

 「一応、お兄さまの基礎となった遺伝子を用いていて、壊死さえしなければ多少の損壊は修復されますし、細胞の状態は保持されるようです」

 「うぇ、自分で聞いててなんだが、その遺伝子っておかしくねぇか?」

 「一応、特殊な体質を持つ殿方の遺伝子を複製しているとのことなので、自然に生まれたものらしいですが……」

 「それこそ、【因子保持者オレら】以上に化けもんしてんじゃねぇか? だったら、今のオレらにこれを再生不可能なレベルでぶっ壊すのは無理だな。っつわけだ、ホレ」


 掴んでいた二本の腕を気味悪げに一瞥した後、彼は腕の左手に当たる一本を【霊亀】の目の前に放り投げる。

 そんなことをされれば、彼女も不可思議に思うだろう。何せ、選択肢が一つ潰れたというのに腕を返してきたのだから。


 「……これは?」

 「そうだな……それは返してやる。だが、これはオレが持ってく」

 「え、クロ君それはさすがにボクもちょっと……」

 「オレだって本当は嫌だけどよぉ、二本返したら戦うんだろ? なら、一本返したんなら残りの一本を取り返そうとしないか? というか、そうしろ」

 「それは……」

 「もちろん、ただでは返すわけにはいかないな。これを完全にぶっ壊せる方法が見つかったらもちろんぶっ壊す。それまでにお前が取り返しに来い。リョー、それでいいか?」

 「まぁボクは別に構わないよ。というよりも早くハクちゃんを探さないといけないし」

 「そうだったな。っつーわけで、片腕がどれくらいで動かせるようになんのかはしらねぇけど、すぐに追いつかれないためにその脚は縛らせてもらう」


 「わたくしの意見は……」

 「敗者に選択権はねぇなぁ」

 「そう、ですか。そうですね」

 「ま、全力で取り返しに来い」

 「えぇ。そうします。ついでにこんな酷いことをしたお兄さまは絶対に一回殴ります」

 「やってみろ」

 「やってあげます」


 「……ですから、絶対に死なないでくださいね。お兄さま?」

 「おう」


 瞬間、青空は消えて白色の天井に、青々とした草原はただの砕けた床に。

 部屋全域に映されていた映像は消えうせ、扉が一つだけ開いていた。


 脚を縛られ、片腕の残された【霊亀】を背に、二人は部屋を出て行く。


 「そんじゃまぁ、探しますか」

 「手当たり次第に荒らしてこっか」


 面倒だがそれが一番か、とクロは呟く。

 しかし、難しく考えなくていい分は楽である。

 手始めにこの廊下の先にあるであろう部屋から。

 二つの嵐は動き出した。



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