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Factor  作者: へるぷみ~
青年はその因縁を睨みつける
154/187

彼女の中で遊びは終わる


 硬質な音が響き渡る。

 クロの展開してる【甲鱗】と、【霊亀】が持つ氷の双剣がぶつかり合う度に起こる音だ。


 「凄いですわお兄さま、わたくし本音を言えばお兄さまはすぐに倒せると思っていました」

 「期待が裏切れたんならそりゃどぉ、もッ!」


 止まぬ連撃に対して、クロはどうにか腕と脚を駆使して適宜【甲鱗】を展開しては解除、展開しては解除を繰り返しながら防御する。彼女の攻撃を目で追うのがやっとなクロにとって今の状況は綱渡りであり、少しでも判断を間違えるか自分の意識に対して肉体が従わなかったら一瞬にして肉体のあらゆる部位が切り裂かれる事だろう。特に、急所や間接をフェイントを交えて襲い掛かってくる二本の氷剣変幻自在であり、どうにか【甲鱗】で受け止めるたびに絶対に生身でまともに受けるわけにはいかないと思わせるだけの威力が彼を襲う。


 【霊亀】の双剣捌きの恐ろしいところは片方の剣で注意を牽き、もう片方の剣で死角から襲いかかるという仕組みは簡単ながらも対処の難しい攻撃を起りを感じさせずに行うということである。


 「ぅおおおお!?」

 「あら、おしい」


 今も、顔面へと彼女が握る右手の氷剣を自身の右腕に【甲鱗】を展開させて受け止めた。そこへ股から顎にかけて左手の氷剣が切り上げられる。

 運が良かったのは【霊亀】の身長がクロよりも低いために、彼の視線はどうしても下を向く。それだけに視界ギリギリで視認できた腕の動きとこれまでの彼女の二撃目に対する警戒がその攻撃を紙一重で避けることを可能にしてくれる。


 「ですが――」

 「まず――」


 咄嗟に避けたことでクロの体が浮き、隙が生まれてしまう。

 死角からの一撃によって生まれた隙を彼女が狙って作ったのか、それとも偶発的に作られた危機チャンスなのか、それはわからない。

 とにかくわかるのは、【霊亀】の右手に握られた氷剣が彼の腹部を貫こうとしていることだけ。


 「させないよッ」


 横合いから割り込んできたのはリョー。

 刺し貫こうと氷剣を突き出す彼女の全身に対して、自身の全体重を乗せた体当たりをぶちかます。


 「むむぅ、先ほどからいいところばかり割り込んできますね、お姉さま」

 「そりゃ、キミにとってのチャンスってボクらにとってのピンチってことだからね。邪魔するに決まってるよ」

 「でしたら今度はお姉さまです!」


 まともに喰らったはずの体当たりは何ともないのか、【霊亀】の矛先はクロからリョーに対して向けられる。

 一応、リョーはクロが能力として持っている【甲鱗】に対して上位互換ともいえる【龍鱗】を宿しており、簡単に傷つくことはない。それでも、彼女が選択するのはクロのように攻撃を真正面から受け止めるのではなく避けて捌くことを選択した。

 理由はそんなに難しいことではない。突破口が見えないいま、集中力を必要とする行為を出来る限り減らしたかったのだ。そのために宙に漂わせていた水を全てボトルの中へと戻し、その場に置いた。【霊亀】の【氷造】が及ぼす能力の範囲がわからない以上、接近戦を仕掛けるときに水を奪われては困るからだ。


 純粋な体力と体術でもって次々と襲い来る攻撃を対処していく。

 もちろん、少しでも隙を発見すれば遠慮無しに打ち込む。


 「おや、最初はあんなに威勢がよかったのに今は結構焦った様子だね?」

 「その言い方はイジワルです!」

 「おっと」


 耳元を風斬り音が通り過ぎていくが、通り過ぎるだけであり外傷はない。

 リョーは現状冷静に相手の動きを見極め、適切な判断を選べている。対して自分の上手くいかない事柄それなりに続いているのもあるのか、【霊亀】は少し焦ることもあり所所で雑な動きをしてしまう。

 そのミスをもちろんリョーは見逃さない。


 【因子保持者ファクター】がどんなに人間以上の身体能力を有していても、そこに弱点はある。特に力を込めようともあっさりと自分の意思と関係なく折れ曲がってしまう間接は大きな弱点だ。突き出された氷剣をするりと横にかわすと、右手で手刀をつくり軽い力で肘を叩く。


 「きゃぁ!?」


 かくん、という音が聞こえそうなほど、【霊亀】が上体を崩した。それによって彼女は前のめりになる。


 「フッ!」


 倒れそうになって体が浮いた【霊亀】の右肩に右手を沿えて左手は彼女の右肘を掴み、右の足を彼女の右足で絡めとる。

 踏ん張ることの出来ない彼女は一瞬で視界が草原から青空へと一転し、すぐ眼前には自分を押し倒したリョーの顔があった。


 「やりますわね、お姉さま」

 「まぁね。あ、下手に動くと関節壊れちゃうけど、まだ抵抗する?」

 「そう簡単に諦めたくはないですね……ですから――!」


 組み伏せられ、まともな動きも出来ない【霊亀】。しかし、それはリョーの主観からの感想であり、【霊亀】にとってこの状況はまだ危機ではない。


 故に、彼女は全身に力を込めてリョーを持ち上げようとする。

 そうはさせまいとリョーが本気で【霊亀】の間接を砕こうと力を込める。


 「壊れ、ない……ッ」

 「せぇ、のぉおおおお!!」

 「うわ、ちょ、きゃぁあああああ!?」

 「あぶねえぇ!!」


 どこにそんな力があったのか、リョーの体を腕一本で持ち上げたうえに彼女の体を無理矢理弾き飛ばす。完全な力技であるが、それによって状況を打破したというのもまた事実。

 宙へと放り出されたリョーの身体はクロが咄嗟に回りこみ受け止めたことでリョーは大したダメージを負うことはなかった。


 「うぇ、完全に組み伏せたと思って油断してた」

 「まぁ【因子保持者ファクター】だしなぁ、見た目どおりってわけじゃないんだろ」


 「ふぅ。少し汚れてしまいました。もう、せっかく遊んでいたというのに酷いです、お姉さまったら」

 「遊んだら汚れてしまうのは普通でしょ。綺麗好きなのはわるいことじゃないけど、潔癖なのはあまり好まれないよ?」

 「一応、お気に入りの服が汚れたから怒っているのです。わたくしだって普段なら多少汚れたところで気にしません」

 「あ、そう」


 「もう、こうなったらすぐにでも終わらせてお風呂にします。来なさい!!」


 不機嫌に頬を膨らませる【霊亀】。

 言葉の表現とは裏腹に、彼女が腕を広げて何かを呼んだ途端、周囲の空気が冷えた。

 突然の温度変化に、リョーもクロも目を見張るが変化はそれだけに留まらない。


 かちりかちり、と何かがぶつかるような、かみ合うような音が響く。

 

 ぱきりぱきり、と彼女の周囲を凍てつかせ、何もなかった筈の場所に氷が生えた。


 氷は規則をもって成長し、肥大し、形作っていく。


 彼女の身の丈とほぼ同等のそれは、鈍器というに相応しい。


 対象を屠るための部分はぶ厚く、自身が持つための部分は細く。


 【霊亀】の目の前に、刃無し両手剣が生み出されていた。



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