血は繋がろうとも敵となる
時は僅かに遡る。
柏が扉を開けて最初にそこを潜り抜けたと同時に、彼女の姿が消えた。
無論、それを見ていた二人はすぐさま扉を潜ったわけだが出た先は視界の先に見えていた廊下。柏はおらず、よくもわからない現象によって分断させられたということを悟っていた。
「おいおい、どうすんだよこれ……!?」
「ボクとしても迂闊だった。三人が分断する可能性を考えてたから、最悪全員がバラバラになるかもしれないっていうのは覚悟してたけど、ここでハクちゃんだけが分断されたってことは、相手の目的にはハクちゃんがあるってことになる。あぁもう、さっきのクロ君のことがあったんだからもう少し警戒しててもよかったのに!」
「悩んでても仕方ねぇことだけどよ、どこに行ったかの当てもないっつぅのに下手な行動もできねぇし……」
「とりあえず、この部屋にいないことは確かでしょ。こうなったら待ってたところで状況が良くなるわけもないし、キリミネさんを当てにするなんて論外だ。ボクたちが動くしかない」
「手分けに……なんてなればそれこそ最悪の状況の出来上がりか……道はこの廊下を進むか、あっちの扉を進むかだが、どうする?」
「それなら――」
「それには及びませんよ」
「「ッ!!?」」
突如、二人の会話に割り込む形で聞こえた女性の声。
跳ねるように声のした方向から離れ、二人は視線を向けた。
「いつ?」
「いま」
「どうやって?」
「見たように」
リョーと突如現れた女性の会話は短い単語の応酬であるが、それで意味は通じ合っていた。
女性は今まさに現れた。現れる方法は簡潔に、柏が消えた現象と同様のものを利用してということだ。
そんな圧縮された会話をクロは理解できていないが、目の前にいる女性が味方ではないということが直感でわかっている。
女性は丈の長いスカートの端と端を指で摘まむと、膝をおり丁寧にお辞儀をする。
「自己紹介をさせていただきます。名は【霊亀】と申します。お姉さま、お兄さま」
「お姉さま?」
「お兄さま?」
「はい。お二方は『四獣計画』よって生まれ、私はその計画の後継ともいえる『四瑞計画』によって生まれた。であれば、私よりも先に生まれたお二方をそうお呼びするのはなんお間違いもないと思われますが?」
「そもそも、今キミが喋った計画事体、ボクたちは知らないんだけど?」
「ええ、ええ、それも存じております。ですが、私にとってはそれが全てなのです、お姉さま」
「ふぅん。それで、キミは何しにきたわけ?」
「既に、察しているからこそお二人はそのような態度をとっているのでしょう? ねぇ、お兄さま?」
「はっ、オレの知らないとこで生まれた妹を認知しろとか言われても困るし、その妹がオレらの敵だってわかっててどぉして優しくする理由がありやがる。つかそもそも、血ぃ繋がってねぇだろ!」
「いえ、繋がっておりますよ?」
「は?」
「困ります、お兄さま。貴方は【玄武】で、私は【霊亀】。互いの根幹にある生物の因子は同じであり、そしてその為に基礎となった遺伝子は同じ。当然、肉付けした因子には違いもありますし、【霊亀】としての能力を差別化が成されておりますが、同じ遺伝子が互いの身体の中にあることに違いはないのです」
呆然とした表情を浮かべるクロに対して、隣にいたリョーがちらりと視線を向けて呟く。
「……やったねクロ君、家族だよ?」
「殺しあう家族とか、勘弁してくれよ……」
彼女の言葉に我に返り、額に手をつき天を仰ぎ返答するのがクロの精一杯だったが。
「さぁ、そろそろお話も終わりにしましょう。ここからは言語ではなく、肉体での会話のほうが捗りますでしょうし」
「姉とか兄とか言ってる割に、戦わないという選択肢は存在しないんだ?」
「えぇ、確かにお姉さまとお兄さまと戦うというのは心苦しいものがありますが、私を創り出したお父さまが戦えと仰られたのです。親の頼みを断れる娘などいませんもの。……なにより、新型より優れた旧型はいないと、個人的にも証明したいのです」
「はっ、だったら姉としての矜持ってヤツを見せてあげるよ」
「兄より優れた妹がいるとか、年長者としてのプライドを砕かれたくないんでねぇ。本気でいくぞ?」
「えぇ、どうぞ。お二人を越えてこそ、私は真なる私へと至ることができますから」
パチン、と【霊亀】が指を鳴らす。
瞬間、三人がいた空間が僅かにぼやけたと思った時には全てが変わっていた。
三人の……しかも【因子保持者】が本気でぶつかり合うには狭すぎた応接室は消え、彼らがいる場所は開けた草原。本来であれば常に雲が覆っているはずの空は真っ青であり、草木も枯れる荒野は彼らが一度だけ見たことがある東にある森のように青々とした草が地面に生えていた。
「これは……」
「私が来たときの現象を少しだけ応用させていただいたものです。あぁ、この背景はただの映像演出です。場所は開けた室内ですし、障害物はありません。世界が今の状態よりも前のものを再現したらしく、私はこの風景が最も好きなんです」
突然の出来事に少しだけ面を喰らうリョーとクロだが、それを気にしていては目の前にいる自称妹に負ける。
「とりあえず、前な」
「いけそう?」
「わからんが、あの自信はオレら二人を同時に相手取っても勝てるっていう意思表示なんだろ。だったら、全力で叩きのめすだけだ」
「そうだね。ハクちゃんも、探さないとだし。ここで躓くわけにはいかない」
「それでは舞いましょうか、お兄さま、お姉さま?」