【中央】の主
部屋を出た先は、部屋だった。
扉を開けた先には確かに廊下が見えたというのに、潜った先に待っていたのは絵本を捲って描写が変わったときのように別の場所だった。
「何なの、これ?」
先ほどは深く考えていなかったけれど、明らかに普通ではない。すぐさま振り返ってみれば応接室にあったような扉があり、それを開けて潜るも今度はしっかりと廊下へと出ることができた。
このまま廊下を進むか少し悩んで、結局部屋の中へと戻る。気になるは気になるが、部屋の中もある程度調べる必要がある。とはいえ、次はちゃんと出られるかもわからない以上保障は出来ないのが辛いところだけれど。
「確認は、もう済んだかね?」
「っ、誰!?」
「おいおい、それはないんじゃないかな。そもそも先客はこちらだ。キミたちが後からこの部屋に来たのだから、誰かと問うのはこちらの台詞だろう?」
そこにいたのは、白衣を着た男だった。
やれやれと呟いて肩を竦めると、そこが自分の場所だとでもいうようにすぐ傍にあった椅子へと座る。がちゃり、と背もたれが軋み、座っている場所が僅かに回転し、車輪のついた椅子の脚が床をきゃりりと滑る。
男の正体はわからないけれど、彼が【中央】の人間である以上は味方として考える理由はない。
「そう警戒しないでくれたまえ。それでは私がキミだけをここに呼んだ意味がない」
「そういえば、クロとリョーは!?」
あまりに気づくのが遅い。今この部屋にいるのは私だけ。二人はおらず、恐らくは一番最初に扉を潜った私だけがここへとやって来たということなんだろう。あれだけ分断を警戒しておきながら、この様になるなんて……。
「ふむ、あの二人のことなら心配する必要ないよ。自分で言うことでもないことだけど、キミ達は客人だと思っているからね」
「その割にはさっき、無限に続くような廊下を歩かされた挙句ぶつぶつ呟いているヤツに殺されかけたんだけど?」
「それについては謝罪――は、やはりしなくてもよいか。実際、キミたちが客人として認められたのはあの部屋へと辿り着いたからだ。それまではまぁキミたちの侵入を把握していたが、それをどうこうするのは管轄外なのでね、眺めていたのさ。偶然とはいえそれもまた人間の可能性が生み出した結果であり、来るべくしてキミはここへ来たのだから。……あぁそうそう、キミの連れの二人だったね。彼らは彼らで大切な客人ではあるのだが、こちらが把握していたものとは少々違う部分が見受けられたのでね。悪いとは思っていないがちょっとばかし借りさせてもらったよ。もちろん手荒な真似をするつもりはないが、こちらとしても協力は必須なものでね、抵抗しないでくれると手を煩わせなくても済むのだが」
「貴方……」
「おっと、それよりもキミをどうしてこの部屋に呼んだかを説明しないとならないね。まぁ、これもある意味では説明責任というやつだ。我々は人類のさらなる進化のために、ある計画を立ち上げた。といっても数ある試行実験の一つに過ぎないものなのだが、今この場では必要の無いものだな。ともかく、キミは『四獣計画』と呼ばれるものの【因子保持者】なのさ。古くは伝わる東西南北を守護する聖獣。彼らを人間の身に再現するというものだったが、そもそも伝承でしか伝わっておらず、どのようなものであったかなど知らないのであれば再現するも何もあったものではない。そうなれば結局のところは聖獣の形を模した上で通常の【因子保持者】よりもより進化しているという考えになる。そして『四獣計画』がコンセプトとしたのが複数の生物の因子を融合した【因子保持者】の創造というわけだ。【白虎】である、キミのようにね。結果的に見ればこの計画は大成功といえるかな。なにせ、普通の【因子保持者】とは三世代は先を行く身体スペックに化学的な説明の難しい能力を身に着けたからだ。これは材料となった人間の遺伝子やそこに埋め込んだ因子が少々特殊であるのも要因なのかもしれないが、ともかくこれはこれで人類の新たな進化の可能性を見出してくれたわけだ。例えばだが、キミたちがあの廊下で戦ったのは『四獣計画』の後を継いだ『四瑞計画』よって生み出された一人なんだ。コンセプトは無論、『四獣計画』以上の能力を求め、かつ特殊な遺伝子を用いることなく量産可能な【因子保持者】を造る。試作的ではあるが通常では考えられない超常的な能力も身に着けた。戦った彼は【黄龍】というのだが、彼の能力はキミも推察したとおり【未来視】だよ。ただしこれは、キミたちのように種や仕掛けのないものではなくてね、色々と理由はあるんだ。だからこそ【黄龍】は、『四獣計画』の前に倒れたんだろうね」
「それで、色々と御託を述べてるみたいだけど、結局は何がいいたいの?」
「おぉと、話が脱線していたか? まぁそれもいいだろう。研究者というやつはどうにも自分の得意分野や興味のある話題を話し始めると止まらなくなってしまうもののようでね。そういえば自己紹介をしていなかったかな。今さらになるけれど――」
ここまで聞いて、ようやく私は理解した。
いや、理解するにはあまりに遅い。
目の前にいるこの男は、私と話しているようで、一度も話していない。私の言葉に反応はしているが、別段それは条件反射のようなもので、会話が成立しているわけではないからだ。
そしてそれを示すように、その目は私を見ていない。その言葉は私を示すことはあっても目の前の私に向けているものではない。
つまりこの男は――
「二階堂千里。人類の更なる進化を目指すものさ」
全ての元凶であり。
どうしようもないほどに、狂人だ。