失ってしまったのならそれ以上の何かで補えばいい
やってしまったと思ってからでは時遅く。
「ど、どれぐらい眠ってた!?」
「さぁ~?」
「とりあえず、オレらが寝てる間に襲われてなかったんだと考えればそんなに時間は経ってないんじゃねぇか?」
「それはそうだけど――!」
「どっちにしても寝たおかげで体調は万全なったんだから、いいじゃねぇか。それともあんなボロボロのまま行ったところで結果は想像できるだろ?」
「それも、わかってる……」
実際、これはただの八つ当たりだ。
どれほどの時間を使ってしまったのかはわからないけれど、今の体調は非常に良くなっている。あの男にやられた傷はほとんど完治しているし、失われた血も補充されたのか気だるい感覚はなく、どちらかといえば全力で動きたいと思うぐらいには調子がいい。
「それじゃ~、こっからもっと頑張ればいいんだよ!」
「そうだな。オレも普段はもうちょい眠い感じとかあるけど、今はそういう感じもないし、力が漲ってくる感覚がある。多少の無茶はどうとでも出来るぜ」
いつも以上に調子がいいのは本当なのか、クロは戦闘中以外では常に纏っている面倒そうな雰囲気を出していなかった。リョーの方も見ればさっきあれだけ精神的な疲労を見せていたのに今は何ともないようだ。
その二人の表情は、私の言う言葉を受け入れるというものだった。
だから、焦る気持ちを大きく吐いて、気持ちを新たに息を吸う。
「それじゃあ、これから一気にここを駆け抜けましょう。荷物は最低限にするわ。食料はここに置いていく。だから今のうちに何か腹に入れるか飲みたいかしたいならしておいて。それと、こっからさきは多分私の持ってる道具とかの小細工も通用しないだろうし、銃が通用するとも思えない。だったら最後に残されているのは【因子保持者】としてのこの身一つだけ」
腰に巻いていたポーチを外し、廊下の端へと投げ捨てる。中のものがちょっと不気味な音を立てたけど、特に問題はない。加えて太ももに巻いておりほとんど使わなかったナイフも外した。
「二人も、もう必要ないと思ったら置いていったほうがいいと思う」
そういって、二人ともそれぞれの身に着けている装備を外し始める。
リョーはまず、非常用の水を保存していたベルトを外し、まだ開封していない容器を開くと能力を使うことなく丁寧に飲み水を保管していたボトルへと移していく。総量は微々たるものだが、彼女にとってそれは最大の武器であり防具にもなる。一滴たりとも無駄にすることはなかった。
クロは能力の欠点を補うために身に着けていたプロテクターを外し始めた。さすがに大丈夫なのかと思ったけれど彼曰く、自分の思うように動かせたほうが楽だ、とのこと。ほかにもポケットなどに入れていた投擲用の小石などを取り出していく。結局総重量的には彼が一番捨てたのではないだろうか。実際身一つであるし。
「準備できたよ~」
全ての水を一箇所にまとめ終えたリョーを最後に、準備が終わった。
「順番は考えてる余裕もないし、全力疾走でいくわよ。何かあったり気づいたら即時対応していくこと」
「あいよ」
「は~い」
無限に続くだろうこの場所を抜けるべく、私は己の中心に意識を向ける。
溢れようとしていた力を溢れさせる。
四肢に力が漲り、その姿勢は自然と低くそして床に手を着いた。
ぎゅ、という音を置き去りにして。
私は廊下を駆け抜けた。