なお服用した際には強烈な眠気に襲われる可能性があります
決着が着いたことを、私は遠巻きながら感じ取った。
彼女の戦いは今まで私が見たことのない苛烈なもので、その表情は普段のリョーからは考えられないぐらい真剣な眼差しと怒気に満ちていた。
ぱしゃん、という音を立てて水が床へと広がる。
びちゃん、という音を立てて男が床へと倒れた。
その姿を見下ろすリョーはどのような表情をしているのかはわからない。
しばらくの間見下ろしていた彼女はやがて男が起き上がらないことを確認した後に、こちらへと振り返った。
「大丈夫、ハクちゃん!?」
慌てた様相でこちらへと走ってくるリョー。いつも笑顔を浮かべているような彼女にそんな表情をさせてしまったということに少しだけ申し訳ない気持ちがわいてしまった。
だから、これ以上心配をかけない様に私なりの笑顔を作って応える。
「ええ、大丈夫。死ぬほどじゃないわ」
「で、でもでも胸からも口からも血が垂れてるし、他にも全身切り傷だらけだよ!?」
確かに、胸元の刺し傷を始め、口から血を吐き捨てた際に飛び散って服のあちこちに跳ねた血がついてるし、唇を拭ってみれば手に血も付いた。加えて男との戦いでナイフによる切り傷もあって腕や足からも流れた血液の跡が残っている。もし私が【因子保持者】じゃなければ致命傷といっても差し支えないぐらいには傷ついていた。
補足するなら現状全ての傷口から新たな出血はない。時々荒れた呼吸を整えると咳き込んでしまって、その時にまだ喉か口の中に残っていた血が吐き出されるぐらいなものだった。もちろん、咳き込んだときは全身に痛みが走って目頭が熱くなったけど、それは我慢する。
「とりあえず、今すぐに傷の治療をしよ?」
「そうね。いくら普通の人よりも傷の治りが早いっていっても適切な処置をしておくにこしたことはないものね」
「あとはあれだな、オレもハクもけっこー血ぃ流れちまったし、どうにかして補給しねぇとな」
それに関しては同感だ。
意識はあるけれど、正直凄く気だるい。頭に上手く血が回っていない感じというのがこんな感じなのだろう。力が入れにくいというのは厄介だ。
「けど、どうやって血なんて補充するのよ。血を飲んでもそれが自分のものになるわけじゃないんだし」
「そりゃな。まぁ簡単な話が飯を食ってそれを血にするしかないだろ」
「原始的ね。……けどまぁ、それしか手はないか。あ、そういえばケヴィンから貰った医療用の道具は? もしかしたら血が少なくなることだってあるしそれを想定した物とかあるかも」
「ちょっと探してみるね」
言うなりリョーが治療用の道具一式が入っている場所を調べ始める。
その間に私とクロが始めたのは食べたら自分の血肉になりそうなものを出すこと。やはり、肉は欠かせないということで、干し肉を出し、栄養がある棒状の非常食を出しと、とりあえずそれらを水と共に口に入れてはふやかして呑み込んでいく。
外傷という部分に関していえばクロは既に無傷であり、傷ついたという証拠としては服の端々に切り裂かれた服から覗き込む肌が見えること。驚くべきはあの男はクロの身に着けているプロテクターに一度もナイフを触れることなくその下にある肌を狙って斬りつけていたということだ。刃が薄いというのもあるが、その技巧は私たちでは到底真似できないものだろう。
「げほ、こほッ。……あー、なんか口の中が血の味出し、喉の奥が熱い」
「大丈夫かよ? あんま一気に喰ったりしないほうがいいんじゃないか?」
「まだ我慢できるし、これぐらいなら平気よ。そんな柔くできてないわ」
「そういう問題じゃないと思うんだが……」
ただでさえ桐峰とは逸れてしまい、その上足止めをさせられてしまったのだ。あまり時間をかけたくない。
それに、彼を一人にさせるのは不安になるのだ。あの時のこともそうだけど、私にとって彼と別れたあとに良かったことが起きた事がないという経験が、それをさらに助長させる。
そうして時々喉の変な所に水や干し肉の欠片が行ってしまっては咳き込んで体を引きつらせて、それをクロに心配されるというのをしていると、医療道具を漁っていたリョーが手の中に小さな瓶を持って取り出した。
「あったよハクちゃん、ほら造血剤って」
「本当にあるんだ。なんか説明とかある?」
「えぇっと……『ケヴィン印の造血剤。多量の出血もこれ一錠で一発解決! 副作用もありません! 服用は食事のあとに飲むだけで一時間後には大抵の人なら一般成人の血液量とほぼ変わりない量まで体内で血液を製造してくれるでしょう! ※効果には個人差があります。また、【因子保持者(ちょっと変わった人)】が飲んだ場合は想定よりも効果が出る可能性があるので服用するのはギリギリの時にしましょう。副作用は現状確認されておりません』だって」
「怪しさ満点過ぎるんだけど、って言ってもどうしようもないか。とりあえず私は飲むわ。丁度良くお腹も満たせたし」
「オレも飲んどくか」
結局、薬を飲んだのは私とクロだけ。
リョーは男との戦いで傷らしい傷は負っていないが、さすがに水を操るというのが肉体の負荷になったのか軽く食事を摂ったあとは私の膝に頭を乗せるとすぐに寝息を立ててしまった。
「本当は急ぎたいんだけどね……」
「つっても、こんなボロボロな状態で進んだところで下手すりゃオレらが桐峰の足を引っ張ることになるかもしれないぜ?」
「えぇ、そうね」
「まぁ焦る気持ちはわからんでもない。けど、休めるときに休むってのはオレは大事だと思う。だからオレは、寝る」
言うなりクロは床に寝転がるとこちらへと背を向けてしまった。
「私は……どうしよう」
応えはない。
膝で寝ているリョーの顔は、穏やかだ。
焦る気持ちはある。けれど確かに、クロの言う事もある。
意識すれば、非常に強い倦怠感が私を襲い掛かってきた。同時に、身体の中で何かが出てくるような、溢れてくるような感覚。それを意識するほどに頭に霧が掛かったかのように思考は鈍くなり始めた。
少しだけ。
少しだけ。
目を瞑ろう。
そうすればきっと、この疲れも取れているだろうから。
めを、つぶろう。