傷つけられれば彼女は怒る
「させ、る、かぁああああああああああ!!!」
「ッ!?」
わかったのは、自分の体が浮遊感に包まれていることと、天井を見上げているということ。
背中に痛みが奔る。
続いて、ぼんやりとだけど胸の辺りに違和感を覚えた。
元々残っていなかった肺の空気が押し出され、声ともつかない呻きが漏れる。
「ぅはぁー、はぁー、はぁ……。ふっ、あ、は、はぁ、はぁッ」
無我夢中で空気を体へと取り込む。だけど深く吸い込もうとすれば喉を通る熱い空気に阻まれて途切れ途切れでしか体へと空気は入ってこない。声にはならず、少し吸ってはすぐ吐いてを繰り返すために口は開閉を繰り返していた。
全身が煮えたぎるように熱い。
それでも少しずつ身体の中を空気が巡回し始めて、混濁していた意識は明瞭に、明確に輪郭を取り戻し始めた。
ぼやけた視界もはっきりとし始める。絶え絶えとした呼吸は少しずつ落ち着いたものになって、全身が一つの心臓になったかのようにどくんどくんと鼓動する。
息を自発的に出来ようになり、深く息を吸っては吐いてを繰り返していれば、どうしてこの状況になったのかという疑念がわいた。
こうなる直前は……そう、あの男にナイフで胸を突き刺される瞬間だ。
視線を自分の胸へとむける。そこには、ナイフの先端が体へと突き刺さっている。しかし刺さっているのだが、なにか違和感がある。
上手く動かない腕を伸ばし、ナイフの柄へと触れる。
「づ、あぁ!!?」
瞬間、痛みが起きた。
ぬるり、と刺さっている箇所から血が溢れた。
今の痛みで意識が覚醒する。
なるほど、刺さって出来た傷口を塞ぐためにナイフを取り込むような形で傷を塞いだのか。人間の治癒能力では不可能だからこそ、出来たことというわけか。
とはいえ、不用意に私が触れたことで傷口が再度開いたことで血が溢れたというわけで、痛みは実質的に傷口をナイフで抉ったからということなのだろう。
となると、抜くのは悪手だろうか?
「づぅ、ぐぁ、っく……! けふっ、ごふッ」
ナイフを抜く。
再度痛みが全身に襲い掛かり、抜いたことによって血が噴出した。
すぐに傷口へと手を当てて出血を抑える。効果があるかわからないけれど、意識的に傷口へと早く治るように念じる。
ついでに喉から競りあがってきた熱い何かが口内を満たして息がし辛くなって引きつる痛みに耐えながら上半身を起こし口から何かを吐く。
少量の血。それが床へと撒き散らされた。どうやら、体内で出血した血が器官を通して口までせり上がってきたということらしい。
ただ、それも最初だけで続けて血が昇ってくるような感覚はない。
とく……とく……、と溢れていた血が少しずつ弱くなっていく。
強く押さえているからか痛みが継続して襲い掛かってくるけれど、我慢するしか方法はない。
「つぅ……。すぅ、はぁ」
深呼吸。
出血はより少なくなってきた。
これなら、表面的な傷はすぐに塞がるだろう。
「よく、生きてるわ……」
自分が死なないとわかって、ようやく言葉が漏れた。
「――おい、大丈夫なのか!?」
「クロ……まぁ、なんとか大丈夫みたい。それよりもそっちは?」
「オマエがアイツに刺されるって瞬間にリョーが割り込んでオマエを後ろに吹っ飛ばしたんだ。そんで今は一人で応戦してる。だからオレがこっちに来たんだ」
「大丈夫なの?」
「現状はな。前、見えるか?」
近づいてきたクロに促されて、まだ引きつる感覚が残ったままに首を上へと上げてみれば。そこではリョーと男が戦っている。
リョーの戦い方は非常にシンプルだ。水を散弾状に撃つ、幾つもの帯のようなものを形成すればそれをしならせるなど。避けるにしては非常に厄介な戦法をとっていた。
見えている限りはリョーが一方的に攻め立てている。
現にあの男は出血こそしてはいないものの肉体に幾度かダメージを与えられていた。加えて私へと刺したナイフ以外には予備がないのか、その手に握られているものは何もない。
「どうなるかはわからんが、順調にいければ大丈夫かもしれないな」
「私が言うのもどうかと思うけど、未来が見えている相手に対して油断するのはそれこそ死に繋がるわ」
「つってもなぁ、リョーのヤツ多分だが……」
「何よ?」
「まぁなんだ、マジギレしてる」
頭の後ろを掻きながら、彼は言った。