近距離での攻防
「はー、まじつら、というかイテぇ。なんだよあの石硬すぎだろよくさっき砕けたよほんと、やっぱ三対一とか無理だろどうしろってんだよ、あんだけ見え張ってこの様とか笑いもでねぇよ。あーくそ、痛いな痛い、……むかつくな」
彼が選んだのは、石の散弾へと突っ込むこと。
姿勢を低くすることでまず的となる部分を減らし、さらに突っ込む最中に自身へと当たるうち先ほど同様に当たり所が悪ければ危険なものだけを砕いていき、ところどころに傷を負いながらも突き抜けた。
こちらへと飛んできた瓦礫の破片は全てリョーの展開していた水に衝突すると勢いを失って一旦取り込まれた後に床へと落ちた。
攻略法はだいたいわかった。
未来が視えているというのなら、視えていても対処しようがない攻撃をすればいい。
そういう面で考えば自然と選択肢は生まれてくる。
この戦いにおける鍵はリョーだ。私ではどうしたって範囲のある攻撃方法がない。クロはさっきのような投擲物があればいいけれど、数が有限であることからして選択肢として考えるには弱い。となれば自然と水を操ることの出来るリョーである。
相手は今、クロの近く。拳を振る彼に対して軽がると避けながら時折腕が振るわれるとクロの【甲鱗】が展開されていない場所を斬りつけており着実にクロの肉体が傷ついていく。
表面上の傷は少しすれば塞がっているのだけれど、それでもなんのリスクも無しに傷は治るわけはない。どこかで驚異的な回復力の反動のようなものが発生するはずだ。
「相手は多分こっちの動きを見ることができる。リョー、その場合はどうする?」
「ん、そうだね。さっきのを見た感想でいいなら面制圧による攻撃が一番適しているんじゃないかな。そうなるとハクちゃんは攻撃手段にそういったのが乏しいし、クロ君も投擲物のようなものがないとそういった攻撃手段はないね。となるとボクの水を使って攻撃するのが一番かな。って感じでいい?」
「私の言いたいことは全部理解してくれてるようで何よりだわ」
「えへ~、なんていってもハクちゃんのことだからね」
「だったら話は早いわ。リョーは水を操るのに神経使うっていってたけどまだ大丈夫?」
「ん~、多分だけどこの戦いで疲弊する感じじゃないかな。けどさすがにずっと使い続けてるからもしもはあるかも」
「わかった。だったらしばらく私とクロであの男を相手取るから、気休め程度でも休んでおいて」
「は~い、了解しました。あ、でもハクちゃんが危ない目にあいそうになったらさすがにボクも動かないわけにはいかないよ」
「クロが危険な時は?」
「クロ君はなんだかんだで平気な気がしてるんだよね~」
「一応ちゃんと心配してあげてよ? それじゃ、行ってくるから」
床を蹴って、今も攻めているというのに傷つく一方であるクロへと合流する。
到着ざまに相手に向けて左の拳を突き入れ、避けられる。
一度も後ろを振り向く仕草はないのにしっかり避けた上に、続けざまに彼へと襲い掛かったクロの下段蹴りを蹴りの勢いが最も増す直前に足で押さえられ不発になった。
軸足が一本になればそこを狙う。前蹴りで膝を狙えばどこかで経験したように足裏同士を合わせられ、私たちを踏み台に見立てて蹴り返された。
私もクロも、挟んだ上での攻撃だというのにそれら全てを回避し合わせられる。
何をしても無駄という考えが頭の中によぎるけれど、この程度で諦めるわけにはいかない。それはクロも同様で、ちらりと見たその瞳の奥にある戦意は消えていない。どころか自らの手による一撃をまだ一度も成功させていないことが彼により強い戦意を抱かせていた。
やっている側からしてみれば決められた手順に従って行われている舞のようなものが繰り広げられていることだろう。主役は私とクロに挟まれている男。私たちはいわゆるやられ役だろうか。
左右から突き出された拳を軽快に流して私たちが同士討ちしそうになるよう誘導したり、どちらかの肩へと飛び乗ればとんとんとん、と踏みつけた上に宙返りをして退散、上と下から繰り出される蹴りを自分の体を回転させることでひらりとかわす。
加えて面倒なのはさりげなく私やクロに対しての反撃をしているということだ。血塗られた白塗りのナイフは確実にこちらを傷つけており、時には首や関節、目までも狙って突かれて振られる。さすがにそのわかりきった反撃に対しては回避することが出来るけれど、こちらの攻撃に合わせた振りぬきざまの一閃はどうしようもなかった。
十手二十手と極近距離で行われる戦いはしかし、相手の体に一撃を与えることはなくこちらの体力と精神を消耗させていく。けれど、それは相手も同じなのだ。絶え間ない攻撃に時折相手の表情が歪む。動きに躊躇いを見せる場面もあった。
「(頼むわよ、リョー)」
あとは、この状況を打破することのできる彼女を信じる。
それだけだ。