襲撃、山は燃え家は燃え
――ジリリリリリリリリリ!!!
「っ!?」
けたたましい音が家中に鳴り響き、ベッドから飛び起きる。
考えるまでも無くいま家の中で鳴っているのは警報で、家の周囲に仕掛けた防犯装置が働いているという証拠だった。急いで着替えて顔を洗うのもおざなりに、防犯装置を管理している場所へと向かう。まずは警報を止めた。次に現状の把握だ。家の周囲は木々に囲まれた森のようなものとはいえ、朱里の追手が複数いるのかどうかを確認しなくてはならない。
緊急時にだけ使用できるモニターを確認すると、そこには黒尽くめの人間が30人いた。全員顔を完全に覆ったマスクを被っており表情は見えず、体に装着しているものも隙間無く黒だった。唯一特徴があるとすれば防弾性のチョッキ、肩には赤と金色で施されたエンブレム、そして手に構えられたアサルトライフル。
家の位置は幸いにして山の頂。道という道は無く、整地された場所はない。また山のほぼ全域には監視カメラが備え付けられており、9人の行動は随時把握することが出来た。
「はく?」
「おはよう朱里。顔は洗った?」
「ううん」
「なら一緒に洗いにいきましょう。そのあとは朝食ね」
「うん」
不安そうな顔で起きてきた朱里。彼女もさっきの警報と私が垣間見せた表情で察したのだろう。だからといって不安を煽るようなことをしてはいけない。笑顔で朱里と視線を合わせ、彼女の手を引いて洗面所へと向かった。
リアルタイムで進んでいく30人。よく観察すると三人一組で行動しているようで、山も中腹にいたるところで山を囲うようにして広がり始めた。いわゆるローラー作戦というものだろう。もし侵入を気づかれても山から下りる以上はどこかしらで出くわすというのを想定しての行動だ。
足取りは慎重で、一定の距離を進んだらハンドサインで無事を確認しあっている。
とはいえ、山の防犯装置も中腹からが本番だ。既に起動させてあるが、侵入者を撃退するための罠はいたるところに仕掛けられている。普段は誤作動しないように起動させていないが、今回は場合が場合だ。
「逃げられる準備はしておかないと」
既に逃走用の荷物はまとめてあり、いつでも動けるように腰にはザックを巻いている。
朱里には昨日着せたワンピースではなく、もう少し動きやすい服下着を着せ、ストッキングを履かせ、上着は少し厚めの一枚着、スカートも膝丈程の長さで合うものがあったからそれを履かせた。
あとは朱里が最初に纏っていた外套だが、よく見てみれば生地はよく防水防塵の性能が高いので軽く洗ったものを服の上から纏わせた。私もケヴィンの所へと行くときに羽織るコートを服の上から纏っておく。
「…………」
「大丈夫よ、朱里。あなたを守るから、安心して」
「うん」
事態が動いた。今まで順調に進んでいた黒づくめたちが山を降りていく。どうやら山に仕掛けられた罠で数名が負傷したようで、引き上げるようにしたらしい。しかしその置き土産として火を放たれた。可能性としては考えていたが、本当にやるとは思っていなかった。
どうやら山へ全体的に火を放ったようで、消える様子は無い。空はいつも通りの煤け色で、雨雲はひとつもなかった。
恐らく、山の木々が燃え尽きれば無事だった人員で再度山を登ってくるだろう。そのときは運良く罠が無事だったというぐらいで、見晴らしのよくなった場所ではあまり効果も見込めない。つまりこの時点で、家を放棄することは決定した。
「さぁ朱里、行きましょう。こっち」
荷物を背負い、朱里の手を握って桐峰がバイクを置いている車庫のある場所へ向かう。緊急時の避難経路はそこに隠されている。そもそもの話として、家には扉があるがそれは基本的に森を散策するために存在しているもので、シェルターに向かうときは車庫のある場所から出て行く。車庫の位置は山を降りて少し隠れた場所にあり、避難経路はそこからさらに山を離れるためにつくられた道だった。
「暗いね」
「一応壁面には蛍石が埋め込まれているから足元は照らしてくれるけど、気をつけてね」
地下通路は暗く、照明となっている蛍石もわずかに足元を照らすだけだ。歩く音と時折喋る音が反響している。出口と思われる場所は道の先にも見当たらず、ただ点々と照らす蛍石だけが道筋を示していた。
そしてどれだけの時間が経ったのか。長く続いた道は遂に終わりを告げた。
目の前には壁。一見すればただの壁だが、これはダミーだ。どこかに隠し扉を開けるための装置がある。
「ハク、これなに?」
「これは……多分、スイッチね。ってことは」
暗がりでよく見えなかったが、そこには小さなスイッチがあった。おそらく、これがどこかの扉を開けるためのものだろう。
押してしばらく、何かを引きずるような重い音が響きただの壁だった場所はスライドし奥に階段が姿を現した。階段の先からは明かりが差し込んでいる。
「お手柄ね、朱里。ありがとう」
「えへへ」
階段を登る。その先は見慣れた荒野で、階段を振り返れば大きな岩があった。私と朱里が出て行ったのを見計らったように階段のあった空間は口を閉じると、重い音を立ててその上から岩が乗っかった。先ほどの重い音はこの岩が動く音が正体だったということだ。
「あれ!」
朱里が指した方向をみる。そこにあったのは黒い煙を上げ、燃えていく山の姿。火に隠れて見えないが、今現在私が過ごした家は燃えているのだ。
「行きましょう」
「……いいの?」
「ええ、確かに家がなくなってしまうのは辛いけれど、あの人が伝えてきたことを守らないと。朱里のことも」
今まで過ごした家に背を向ける。戻るわけには行かない。朱里を追ってきた者たちに見つかればただでは済まない。だから、あの場所から遠い場所へ。
あてども無い旅は、こうして始まった。