未来を見る眼
フェイントの類は効かなかった。
クロやリョーとの連携も通じなかった。
一対一ではまずまともにやりあえず、二人同時でもいなされ、三人でも追い詰められない。
だけど。
「いやいやあれは無理だってそもそも投げられた時点で避けようがないし被害を最小限に抑えるのがやっとだしというか無茶苦茶だろ確かに【ゲンブ】ってちょーパワー特化だっていうのはわかるけどさ、それにしても砕けてほとんど力を加えても質量が小さい分は石の威力だって比例して小さくなるはずなのになんであんな勢いあるんだよおかしいだろ。動くのに支障は無いけど痛いものは痛いし、ほんと力馬鹿って苦手だよ」
先ほど見た光景は、先ほどまで私たちが戦ってきた中で起きた唯一与えることができた攻撃を思い出す。
まず、リョーの使う初見殺しの技は完全に見切られていた。その後にクロが行ったのは手の中で砕いた小さな瓦礫を投げ飛ばすという行為。尋常ではない膂力で放たれた瓦礫の一粒一粒は散弾と同等の威力を持って襲い掛かっていた。それに対して相手が行った対応は面攻撃である散弾を出来る限り後ろに下がることで身体の当たる部分を減らし、さらに当たれば危険な部位へと飛来する瓦礫全てを的確に砕いていたということ。
だけどここで気になるのは、今まで私たちのあらゆる攻撃手段を防ぎ、いなし、反撃していたのに対して単純ながらそれだけに強力な避けにくい攻撃に対処はしていながら受けたということ。つまり、彼には対処は出来ても対応しきれない何かがある。
「もしかしたら、打開策が見えたかも」
「マジか?」
「もしかしたら、ね。とりあえず試したいことがあるんだけど……、クロはさっき投げた瓦礫の類は他に無い?」
「一応もう一個さっきのと同じぐらいの大きさのヤツを持ってる」
「よし、それなら何とかなるかも。クロは私が合図したらその瓦礫を砕いてさっきみたいに投げて。それでリョー、貴女は私とあの男に貼りつくわよ。基本的には水を自由に使って攻撃してていいけど、私がクロに向かって合図をしたのと同時に水を面になるように展開してあの男を制限するようにして」
「わかった」「は~い」
伝えたら次は行動だ。
すぐに前に飛び出して、リョーも並んで一緒に来る。
先陣は私。脚に力を込めて、世界は遅くなる。
瞬きの間も無く彼我の距離を詰め、駆ける勢いに任せた爪の連撃。
しかしそれは右に左にとのらりくらりと触れること無く空を掻く。
ゆっくりになった世界で、私が腕を動かそうとする。その時には既に目の前にいる男はその重心が私の腕の軌道とは逆の方向へ傾き、そのまま流れるように避けられる。続いて繰り出す逆手も最小限の動きで姿勢が崩れていないためにあっさりと避けられた。
引っ掻くようにしてそれを囮に、突きを繰り出せば私の腕が伸びる限界まで読みきったかのように後ろに下がり指の関節が一つ足りない位置で当たらない。そのまま何の挙動も感じられないまま彼の持っていた赤く染まった白塗りのナイフが閃き私の頬を薄く裂いた。
違和感。
こちらの攻撃は挙動の先から動いていた。
だというのに、反撃の一手は至って普通。この遅い世界で私が顔を傾けて避けられるぐらいになんの変哲も無い一撃だった。
そして私への反撃を確認したリョーが、彼の攻撃した瞬間を狙って私を飛び越え対象に向けて水の槍ではなく先端を大きく膨らませた水の鎚を叩きつける。
難なくこれを横に転がることで回避。ある意味で予想通りの動き。
頬をなぞる熱を無視して、転がった彼目掛けて飛び込み前宙からの踵落とし。
がつ、と音がすればそれは私が床を蹴った音。
既にその場に男の姿は無く、下がって壁を蹴って距離を開けていた。
だがあまり距離を開けられるわけにもいかない。すぐに飛び込み近づく。
水面蹴りは軽く跳んで避けられて、立ち上がりと同時に抜き放った両刃のナイフは白塗りのナイフで受け流された。
生まれた隙へと油断無く突きこまれるナイフ。首下を的確に狙ったそれが私へと届くよりも早く、男の背後へと回っていたリョーが水の槍で彼の胴体を薙ぎ払う。
確実に入ったと思えるリョーの薙ぎはしかしというべきかやはりというべきか、ピタリとナイフを突きこもうとした手を止めた男が私の脇をすれ違うように潜り抜け、それと同時に脇に痛みが走った。
これだ。
さっきまで、あの男は確実にリョーを視界に入れていなかった。今の瞬間も。だけど、彼は避けた。
まるで私たちのしようとしている事を見えているかのような動き。
まるで未来を見ているかのような動き。
すとん、と何かが落ちた。
なるほど。
未来を見ているのか。
言われてみれば納得できてしまった。
どれぐらい先が見えるのかはわからないけれど、あの男の【因子保持者】としての能力は未来を見ることが出来るのだ。
そして未来が見えるからこそあらゆる攻撃に対して超常的な動きができるのだ。そして、未来が見えていても避けようの無い攻撃というのはある。それが、クロの放ったあの瓦礫の散弾。
やっと確信を得る。
「クロ!!」
合図。
今彼の立ち位置は私にリョーとクロを挟んだ位置。
「でりゃぁあああああ!!!」
「え~い!」
手の中で握りこまれた瓦礫が形を崩し、物凄い勢いで放たれる。
合わせるようにして私の前までやってきていたリョーは咄嗟に水を面にして広げ、男を包み込むようにして通路一杯に広がった。
「うわまじ――」
前と後ろからの面制圧。
散弾に全身を殴られるのか。
水へと飛び込み包み込まれるのか。
彼が選んだのは――