無限の道に消えた彼
背後の心配は無くなったとはいえ、ここは【中央】の最上階であり、何が待っているかはわからない。それだけに私たちの空気は非常に張り詰めたものになっていた。
「「「………………」」」
普段であれば軽口を叩いたりもすることがクロもどうやら今回はばかりは黙っており、リョーも笑顔ではあるのだが一言も発さず周囲を警戒していることが彼女の進む床や壁を水が這う様子で察することができた。
少し先を歩く桐峰は特に何かをしている様子は無いけれど、時折吹く風と一緒に何かが壊れるような音を立てていることから彼が罠かそれに類するものを破壊しているだろうことがわかった。
それ以外に何も無く、ただただ静かに私たちは歩いていた。
それは違和感だった。
あまりに長い道。
何の問題は無く、真っ直ぐに伸びた道を歩くだけ。
その通路にほかの部屋は無かった。
真っ直ぐ歩くだけ。
それだけ。
だからこそ、この建物をぐるりと回っていてもなお余りあるであろう距離を歩いておきながら未だに何も無いというのはおかしかった。
自然と、立ち止まる。
私も、クロも、リョーも、桐峰も。
「これは、どういうこと?」
「多分だけれど、僕たちは同じ空間を行き来している」
「そりゃ、確かにそう言われたらそうかもしれないけどよ、そんなの不可能だぜ?」
「う~ん、確かにクロ君の言うとおりだけどさ、それでもボクたちがずっとこの廊下を歩いているのは確かだよ?」
「わぁーってるよ。だがよ、それにしたってどうやってその『同じ場所を』歩き続けることができるんだよ」
「それがわかれば悩まないよ~」
「現実的ではないけれど、恐らくこの通路のどこかとどこかを繋ぐ空間のようなものがあるんだろう。それに入ってしまって僕たちは延々とここを歩いているということだ。なら注意すべきなのは一体どこにその空間があるということだ。だから一度、僕がこの先を一人で歩く」
「……待って、桐峰。それは、危ないと思う。既に相手の罠に私は嵌っていると考えれば、私たちのうちの誰かが一人だけ離れてしまうという考えに至ることだってできるわ。そして相手がその繋げるための空間を自由に扱えるんだとしたら、分断されてしまうことになる」
「それは確かにそうだね、柏。だからこそ、一人でこの先を行くのは僕のほうがいい。あまり良い言い方ではないけれど、僕一人ならばどうにかする術はある。けれど、君達三人のうち誰か一人でも孤立してしまい危機に晒されたとき、大丈夫である可能性が低い」
「そうだけど……」
「柏が懸念していることはわかる。南の研究所のときのようなことになることを恐れているんだろう?」
「………………」
「あれは、本当に申し訳ないと思ってる。あの時の僕はあまり正常な思考をしていなかった。だから、今度こそ信じさせて欲しい。僕は大丈夫だから」
結果として、桐峰は一人で通路を歩いていった。
空間が繋がっているならどこかで彼の姿が消えるはずであり、そして私たちの後ろに彼が現れるはずだから、私たちは彼の背中をずっと見つめていた。
やがて遥か遠く、彼の背中が粒の如く小さくなっても背後に現れる様子は無く、遂に消えた。
そして、彼は現れなかった。