そして彼は合流する
結局のところ、桐峰が得た情報は現在いる階層下の【因子保持者】を救うための方法を確かに示した。しかし、事を急いている身である桐峰にとって手助けをするのが精一杯であるともいえた。
まず、コンソールを操作して行うのはこの地下施設にある機能のほとんどを停止させること。
どうやら下衆な男たちが観賞していたあの映像が映されていた部屋には生物としての性欲を高めるためのガスが満たされているからだということが判明した。となればそのガスを止めて空気を入れ替えれば自ずと彼らの内側から湧いている欲望は小さくなっていくはずである。もしものための措置としてちゃんと換気用の装置も備え付けられていたため、それを起動させた。
他の部屋の様子も現在進行形の映像として確認することが出来た。その中で悪趣味だと感じたのはやはりトイレだろう。【因子保持者】たちがそれを理解しているかどうかはわからないが、あからさまにわかる位置にカメラを設置していた。それも個室であれば上から覗くためのものと行為を正面から見える位置に。
カメラの類は早々に停止させ、加えて映像記録として保存していたものも消去。人間というのが欲望のためならばあらゆる道徳も無視するというのが目に見える形で現れれば、誰だって嫌な気持ちを抱くのは当然の帰結だった。
粗方調べつくし、あとはこの下の階層に行く。
カメラの映像でわかったことだが、どうやら満足な食事を得られることもなく飢餓状態の者がいた。加えて衛生状況の良くない部屋や、肉体の一部欠損が起きておりまともに身動きの取れないものも。五体満足で逃げ出すことの出来る者たちならばある程度の処置を加えてやればあとはどうにでもなるだろうが、さすがにそういった者たちを放置するのは難しい。
となれば、自分の目で見て大丈夫だと思うものに任せるしかないと、彼は判断して歩を進めた。
「あぁ、あうぅ、あ……」
「さぁ、ここにいるんだ」
ようやく、最後の一人を運び終える。
結局、五体が満足でも精神的に幼い者や廃人に近いものがおり、そういったものたちを安全な場所へと一時的に運ぶのに骨が折れた。桐峰としても焦る気持ちが無いわけではないが、あの老人との約束を違えるわけにもいかず、結局この地下施設がある程度のシェルターとしての機能を果たしているというのがわかった以上は出来る限り彼らを安全な場所へと運び、五体満足且つ精神的に安定しているものには色々と指示を出しておいた。飢餓状態の者にはいきなり食料や水分を与えないようにして、少しずつ与えたり、不衛生な環境にいたものには体を洗ってやるなどがそうだ。
「時間を喰ってしまった……」
ここから地道に五階層を目指すのは少々時間がかかりすぎる。
桐峰は一旦、一階層まで戻る。そして、建物から出て空を見上げた。
「(恐らくは……あそこか)」
だが正確には空を見上げたわけではない。建物における五階層があるであろう位置を地図で広げる。
そこからの行動は早かった。
一息の跳躍で建物にある取っ掛かりへと足を掛けて踏み台とし、それらを渡るように跳躍を繰り返して建物を昇っていく。ぐんぐんと地面から離れていくが、彼の表情に恐れは無い。高所ゆえに吹く風は彼自身が纏う風に弾かれているために何の抵抗も無く目的の場所へとたどり着いた。
あとはどう入るか。
答えは単純、破壊して。
拳を引く。
ミシリ、という音が鳴るほどに力を込めたそれを、外壁めがけて思い切り殴りつける。
建物が揺れた。
傍から見れば、そうとしかいえない音が響き渡る。
しかし、さすがに外壁、彼の拳でも完全に穴は開いていない。
だから次は、とんと身軽に体を回転させて。
がしゃぁあああああん!!!
一体どのようにして出したのかと不思議に思う勢いで蹴り穿たれた一撃。
最初の拳で半壊していた外壁は二撃目の蹴りによって完全に破壊。
勢いあまって砕け散った瓦礫が建物内部を蹂躙した。
「げ、げほっ、げほっ。な、何が起こったの!?」
「建物に穴が……」
「柏?」
晴れていく粉塵の中で、少女の声がした。
そこにいたのは多少汚れているものの、美しさを損なわない白い少女がいた。