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Factor  作者: へるぷみ~
青年はその因縁を睨みつける
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白くて黒い世界


 そこは、白かった。

 清潔感という意味で言えば、真っ白な廊下にくすみの一つはなく、埃は堆積しておらず、空気は執拗にされたのか消毒液の臭いが鼻をついた。


 一見すれば、綺麗なこの空間に感じる印象は少し衛生面に気を使った場所、もしくは病院のような場所だろうか。どちらにしても、悪い印象を受けるものはそうそういないだろう。中には綺麗過ぎるという意味で気味悪さを覚えるものもいるだろうが、それはごく一部に限られる。


 そしてここを訪れた彼――龍堂桐峰――は、その一部の人間だった。

 それはこの場所の大体の意味をわかっているからこそ抱いた印象なのか、それとも知らずとも彼にとってこの空間に酷い嫌悪感を覚えたのかはわからない。


 ただいえることとすれば、必要以上の清潔とは、その裏側に拭いきれないまでの汚れを含んでいるということだ。少しでも溢れれば拭いきれない汚れを隠すために、どこまでも清潔にしている、ということ。


 静かな空間だ。

 わずかに鳴る靴の音が廊下に響くが、それは他に音がないから目立って聞こえるに過ぎない。

 だからこそ、彼は気づく。


 「ふッ!」

 「なに!?」


 ガチィィ、と金属同士の悲鳴があがり、火花が散る。

 音も無く、彼の肉眼には誰もいない。しかし、今、彼が振り返りざまに腕を振るった際に攻撃を弾いたということがそこに誰かがいたということだった。加えて、自身の奇襲が失敗したことに驚いたのだろう声をあげた者がいた。それもまた、そこに誰かがいるという証拠。


 「そこか」

 「ぬぉおお!?」


 襲撃された箇所、そして声の位置から正確な位置情報を割り出し、その一帯へ向けて黒く強烈な風が吹き荒ぶ。

 弾かれるようにしてそこから退いた見えない襲撃者。だが、今の風に襲撃者を害する意図はない。


 「……これは、染料か!?」


 白い廊下は黒く染められていた。

 そして本来なら壁や床を汚しているはずの黒い染料の一部が宙に停滞していた。その形はところどころに人のような形をしたものであり、手で顔面を覆ったのだろう、口元の動きは見えないが腕や胴体周りは真っ黒に染まっていた。


 「【因子保持者ファクター】としての能力が、見えなくなるというものなんだろう。姿が見えない相手なら、姿が見えるようにすればいい」

 「しかし、最初の一撃はどうやって避けた」

 「君にわざわざ教える義務は無い」


 言うなり、桐峰は黒く染まった不可視の【因子保持者ファクター】へと肉迫、抵抗しようとするが既に遅い。襲撃者が奇襲に失敗した際にとる手段は限られており、逃げるというのもまた一つの手段だった。しかし、彼は驚愕のあまりに場への停滞を選んでしまった。故に即時の撤退は叶わない。


 「まさか貴様が暗殺に失敗するとは意外だった」


 響き渡ったのは女性の声。

 黒い襲撃者を殺すであろう一撃は彼に通らず、その攻撃を防いだのが声の主だった。


 ぶ厚い手甲を左手に装着し、それでもって桐峰の攻撃を受けきったのだろう。衝撃を殺しきることはできなかったのか、わずかに床をこすったが傷は負っていない。

 その姿は異形というのにふさわしい。

 発達した長く太い両腕、脚は地へと深く踏ん張るためなのか、短く太かった。

 体は全体的に毛深く、頭部もまた短い。目は白く濁っているが、見えていない無くとも自分の目の前には敵がいると思わせる眼差しだった。


 「はぁあああ!!」


 裂帛と共に大きく両腕が振りぬかれる。

 桐峰にとってそれを受け止めるのは難しいことではなかったが、万が一を考えて素直に飛び退く。


 「すまねぇ」

 「構わん。相手は【リュウ】だ。失敗する可能性があったからこそ付いていたのだ」


 「…………」


 二人を睨む桐峰の眼差しは、自らと同じ同胞へと向けるものではない。

 敵を見るそれだ。彼らの姿はまさしくここの闇の一端を見せた。

 人からかけ離れた姿と形。そして、そうあるからこそ異形としての生き方しか出来ない歪な存在。

 そこに人類の進化などという大義名分が存在しないことを証明していた。


 「応援を呼ぶ。それまで持ちこたえていろよ」

 「難しいことをいう」


 生まれながらにして死に方が決定した【因子保持者ファクター】ほど、悲しい生き物はいない。

 だから、彼は決意したのだ。


 「君たちは、僕の手で殺す」


 自らの手で以って決着をつけることを。



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